"背なのサソリ、見忘れたとは言わさねえぞ!"『ドライヴ』


 ライアン・ゴズリング主演作!


 強盗の逃走を請け負うドライバーである彼は、昼間は自動車修理工、カースタントマン、レーサーとしての表の顔を持つ。同じアパートにする子連れの女アイリーンと出会った彼は惹かれるものを感じるが、彼女には服役中の夫がいた。やがて出所した夫のスタンダード。だが、彼は刑務所で借金を背負い、再び犯罪の片棒をかつぐことを迫られていた。彼を助けようとするドライバーだったが……。


 寡黙で冷静、過去と秘密を背負っていて、カースタントをこなすほど車の運転が上手く、喧嘩も強くて、女にはストイック、トレードマークはサソリ、名前はなくてただ「ドライバー」……観た後で振り返ると、思わずわっはっは、と笑ってしまうような設定である。並べるだけ並べたらちょっと引いてしまうぐらいのキャラクターで、これを「どうだ、カッコいいだろう!」と出してしまうのはさすがに「中二かよ!」と突っ込まざるを得ない。
 しかしながらこのキャラに売り出し中のライアン”腹筋”ゴズリングを配置し、これでもかこれでもかと間を取ったカッコブーな演出を畳み掛けて来られると、中盤に失笑しかけたのを引っ込めて、段々と微笑ましい思いが湧きあがって来るのである。監督は本気でこのキャラクターをカッコいいと思い、愛しているんだなあ〜。何回も何回もジャンパーの背中のサソリが大写しになり、変装してたり血塗れになってたりするのにずーっと着てるのを観たら、普通はプフッと笑ってダメじゃんと突っ込むとこだ。だが、腹筋を封印した腹筋野郎が無言の決め顔で佇む姿には、それを流させる勢いがあるのである。
 スタントで車が横転してもビクともせずに「これぐらい、どうってことないよ」とでも言いたげな無表情。「クールなオレ様」カッコいいと言わんばかりの演出。惚れた女キャリー・マリガンのために命を賭け、そのダメな旦那のために何の得にもならない強盗に参加し、未来も何も捨てて犯罪者たちとの死闘に身を投じる。いったい何のためにそんなことをするのか?と問うと、明確な回答や動機は別に作中では提示されない。だが、敢えて読み解くならば、それは「カッコいい」からなのだ!
 言い換えるならばポリシーである。カッコいい男は寡黙でなければならない。いちいち動じてはならない。女にガツガツしてはならない。セックスにも執着してはならない。子供には親切でなければならない。トレードマークは常に身に付けていなければならない。悪党には容赦してはならない。時に命を賭けても戦わねばならない。現実味ねえええ〜、中二かよ、大人になれよ、と笑うのは簡単である。だが、時にこんなカッコブーなファンタジーに触れなくては、僕はすぐに汚れた大人に堕してしまうのだ。いつか、何の得にもならんことのために、必死になって頑張らなきゃなんねえ時が来るかもしれねえ。そういう時も、常に決め顔でポリシーを忘れずカッコ良くありてえ! わかるよ、その気持ち……!


 ある種のアイドル映画的な主人公の「汚れ」なさは、例えば『アジョシ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20111009/1317816944)にも似てるし、夜の街を車で流す演出は『コラテラル』なんかにも似てるかな。ありとあらゆる演出や設定は、すべて主人公のカッコ良さを表現するための後付けに過ぎず、ヒロインのキャリー・マリガンが既婚で子供がいたりするのも、主人公がストイックに振る舞うためのブレーキとしてのものである。悪役は人数も多すぎず、かといって弱くもないぐらいの絶妙なバランス。肝心なところでは上手い具合に一人になってくれるのでやっつけやすい。ロン・パールマンという変顔を配置して個性も充分。警察は都合良く絡んでこないし、徒手空拳の運転手でもまあ一人でなんとかなるか、と思わせるぎりぎりのとこだ。オープニングの運び屋シーンのみアクションにも論理性を感じたが、中盤以降はほぼ演出の勢いで押し切っている感じ。エレベーターのキスシーンも、別にそこでせんでもええやんと言えばしまいなんだが、渾身の勢いでブッチューやっちゃってそのパワーをバイオレントな頭蓋骨踏み潰しシーンに昇華させる。間髪入れず、閉まる扉で別れの切なさを……!
 途中からキメキメ演出の品評会みたくなってきたが、こういう映画にありがちなナルシシズムはそれほど感じなかった。設定が雑、というか色々と都合いいのは確かだが、描くカッコ良さが無邪気なのでまあいいか、という感じ。現実感に乏しく、作り手はある種の理想像として描いてるのだろうし、『ザ・タウン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20101118/1290006367)みたいな、こんなオレ様に女は惚れるだろ?という気持ち悪い勘違いはない。キャリー・マリガンのキャラがこの主人公と結婚するか、と言うと、絶対ないもんな。やだ、頼れるしちょっとカッコいいかも?と一時は思ったけれども、バイオレント過ぎてなんか怖いよね。若気の至りでくっついたダメ旦那みたいな普通の人間の方がいいや。


 でも、それでいい。中二なカッコブーサソリスカジャン腹筋男は、普通の幸せなど求めてはいけないのである。あくまでカッコ良く、ヒーローとして戦い、そして去る。そんなカッコ良さを希求するマインドがあるからこそ、それを為せる可能性がある、ということを忘れないようにしたい。
 乗れたかと言うとイマイチだし、リアルとファンタジーのバランスも好きとは言えないけど、でもこれはこれでやはり映画らしい映画だよな。まずまず面白かった。

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