"僕たちのすべき少しばかりのこと"『未来を生きる君たちへ』


 スサンネ・ビア監督の最新作。


 家族をデンマークに残してアフリカで働く医師のアントン。アフリカの医療キャンプ周辺では、「ビッグマン」という男による妊婦の虐殺が相次いでいた。一方、彼の息子であるエリアスは学校でいじめを受けていたが、そこで転校生のクリスチャンと言う少年と出会う。同じくいじめを受けそうになったクリスチャンは素早く報復し、校内での安全を勝ち取る。しかし、母を癌でなくしたクリスチャンもまた、言いようのない衝動を抱えていた。それに少しずつ引っ張られていくエリアス。そして、帰国したアントンの前で一つの事件が起きる……。


 監督の『ある愛の風景』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20101013/1286976966)と、そのリメイク版『マイ・ブラザー』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20100609/1276095974)どちらも良かったので、これも観てみることに。
 実にくそ真面目な映画であったが、非常にもの柔らかなタッチで描かれている部分もあり、感銘を受けた。


 物語は二カ所の舞台で交互に進行する。主人公たちが住むデンマークと、その一人である医師が働きに出ているアフリカだ。その二カ所における「暴力」と「報復」という行為を対比させて描く、ということで、当初は「極端じゃない? ギャップありすぎない?」と思ったものだが、そのギャップこそが恐らく狙いなのだろう。住み慣れた日常の風景と、アフリカという「極論」だ。
 僕たちが暮らしている日常、この日本という国において、どんな貧乏も暴力もアフリカに比べれば「よりまし」であろうし、しばしば物の例えとして引き合いに出される。その極論に対し、日常における非暴力論はいかなる意味を持ち得るのか?


 最初に描かれるのは、暴力の圧倒的な優位さだ。デンマークの日常でも、数や力、武器を振るうことは常に有利となり、法によって守られているはずの先進国においても威圧的な力として働くし、アフリカに至ってはなおさらだ。それに対抗するには? 殴り返すこと、機会があればその暴力を振るい返すことが最も手っ取り早いことが、いじめへの報復という形で示唆される。
 しかし、アフリカにおいて働く医師は、常に暴力の危機にさらされているからこそそれを否定し、警察の介入という形でさえも報復を拒否する。
 人は常に原因や答えを探す。あの時こうすればよかった。おまえさえいなければ。他人にも自分にもそれを求め、理想の世界を探そうとする。でも、この世はままならぬことで溢れ、どうにもならないことでいっぱいだ。色々な経験をしている大人は、時間が少しずつ何かを変えていく(解決とまでは言えないが)ことを知っていて、待つ事ができるけれど、子供はまだそれを理解できない。だからとても危うくて、短絡的な行動に走ってしまう。
 世界は自分一人では動かせないもので、暴力に限らず小さな言葉一つもさざなみのように広がって、色々なところに影響を及ぼしていく。最初のいじめの暴力による解決は「成功事例」ではあるけれど、すべてがそうやって解決するわけではないし、エスカレートすることによって重篤な反発を生むこともある。


 大人の側とて、自らのすることに確信を持っているわけではなく、時に迷い、過ちを犯す。子供を理解しきれず、良かれと思ったことが裏目に出ることも多い。言葉も正確には伝わらず、逆に復讐心を煽ってしまうことさえある。自ら、振るうまいと思った暴力に加担してしまうことだってある。


 より良きものを求めれば求めるほど、世の中はそういった方向には行かず、無力感に苛まれることになる。即効性のある暴力に頼ってしまいたくなり、力を振るうことの快感に逆に取り憑かれる。転校生の少年、クリスチャンはこの段階にある。心の中の失ったものを埋めるように。修理工のおっさんや、アフリカの「ビッグマン」はさらにその先、ある種の全能感に囚われるほどに暴力に酔っている。それで多くを支配できて無敵であるかのように振る舞っている。一見、それは大きな得をしているように思える。が、わかりやすい「報い」が下るとは限らないものの、暴力には必ず暴力が返って来る。力を振るうことは報復を呼ぶし、脚を怪我し武器を無くして病院の世話になっている状態になった時、果たして何が守ってくれるだろう?
 だからこそ、それに自覚的な者は、いかにその暴力を止めるかということに腐心するわけだが、前提はなかなか共有されない。


 デンマークにおいて、二組の家族が散々にすれ違いを繰り返し、ようやくのことで再生へと踏み出す。命を失いかねなかった過ちを、辛うじて、本当に運良く乗り越える。やっと言葉を交わし合い、お互いを認め合って誤解をただす。
 しかし母国で届いた言葉はアフリカでは届かず、そこにおける「暴力」は課題として残る。変わることのない終わりなき日常の中で、この子供たちに、我々は何を残せるか。それら暴力といかに向き合うか。一人の大人として考えたい。


 今回も役者がみんな良くて、子役の二人がまた素晴らしかった。歯列矯正してる子の人柄の良さがにじみ出た笑顔が良いよ。対して殺伐とした暗い目の中に悲しみを湛えたもう一人も良い。頭が切れすぎる故に、孤独に感じているが故に自らの力による解決に飛びつくキャラクター。
 二人して高いところに上りたがって、大人である僕らはもちろん「危ないからダメ!」って言うんだけど聞きやしない。足が滑ったら死んでしまうのに。でも子供には子供の意思があって、それを止めることはできない。子供を育てる、子供と生きるってのは、このどうしようもないかのように見える世の中で、そのどうしようもなさを受け入れて、子供が自分でそれを背負えるようになるまで、なんとか一緒にやり過ごしていくことなんだな、と考えた。未来を生きる君たちに僕たちが出来ることは、きっとそれくらいしかない。

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