キシェンコ君のこと。2010/5/30 「its showtime」 試合感想その3
ムラット・ディレッキー(トルコ) vs アルトゥール・キシェンコ(ウクライナ)
性格の話で言うと、キシェンコってのも良くわからないファイターである。有名な「魔裟斗が怖かった」発言や、ローを痛がる素振り、今回の無理に距離取ろうとコーナーで半身になってしまうところや、ファールカップを直そうとする細心さ……どれを取っても、メンタル、ハートの弱さに結びつきそうであるし、実際そう断言した意見も珍しくない。
が、その反面、次戦では魔裟斗と壮絶な打ち合いを演じて追い詰め、ローは効いているようで効いておらず倒れたことはないし、またコーナーに詰まったら今度は火の出るような打ち合いを見せる。
……矛盾しているように見える。同じファイターの特性とは思えない。
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さて、去年のサワー戦の敗戦以降、階級転向も噂されたキシェンコだが、一応70キロは続けていくようだ。リマ、サワー戦よりもやや上体はシェイプされ、スピード、スタミナ重視の身体を作っているように見える。序盤こそディレッキーに押されたものの、2ラウンド以降、ボディへの膝を突き刺し、高速のハイ、ミドル、ローを蹴り分け距離をキープ。後半はパンチの切れも増し、ワンツーボディは信じられない速さだ。
ディレッキーという選手は、佐藤の顔面にも飛び膝を届かせる、信じられないようなバネの持ち主。身体能力が凄まじいし、かつては上体の仰け反った姿勢から、その反動を活かしたパンチでクラウスを葬っている。バネがあるから、普通は打てんだろうという位置からパンチを打って来るので、非常に見にくい。
反面、そのバネが生きるノーダメージの状態では非常に危険な選手だが、ダメージに比例して確実に戦闘能力が落ちていくタイプでもある。普通に上手さも持っているが、脚や腹を効かせられ、瞬発力が低下すると並の上ぐらいの選手に落ち着いてしまう。
最初の膝が効いたと見るや、キシェンコはその後もテンカオ、左ミドルを連発し、ディレッキーの動きを止める。特に膝連打は「そればっかかよ!」というぐらいの連発。手数、脚数で完全に圧倒。おなじみの崩しも見せる。
蹴りがやや軽めなせいか、ダメージの蓄積しきらなかったディレッキーは3ラウンドに勝負を賭けてラッシュ。半身で逃げいていたキシェンコも、突然コーナー際でショートフックとテンカオで応戦。どうなってるんだ!? 出血しながらも有効打を当て切ったキシェンコが判定勝利。
いや、やはり強い。曲者の突進をきっちり止めて、手数で上回って確実な勝利。前回でまとめた短距離走みたいなコンビネーションの応酬とは一線を画す試合巧者ぶり。ペトロシアン、サワーに続く地位は盤石だ。
……なんだけどね……。こう書くとスナイパーみたいな正確無比、守っても難攻不落のキャラみたいに見えるけど、一見大振りのパンチ振り回して、膝ももらいそうで、穴だらけにも見える……。崩しや距離感もその若さとは思えない上手さで老獪に見えるんだが、いくらでも逃げ切れそうなのにパンチ振り回して打ち合いに行ったり……。
細かいとこを見ていくと、いわゆる「突っ込みたいところ」が多い。ペトロシアン、サワーのような完成度は感じない。
先の性格の話に戻るが、ファイターはなぜローキックを我慢するのだろうか? いやね……あれ……痛いんですよ。防具つけてても痛い。カットしてももちろん痛い。でも痛いっ!って顔をしてはダメだと言われる。痛い顔をすると、効いていると見られて攻め込まれてしまうから。でも、それは試合の心構えレベルの話ではそうだと思うんだけど、リングに上がった格闘家が蹴られても痛くないかのように装うのは、もっと根源的な感情が絡んでいるように思う。
……それは「見栄」だ。
考えてみてほしい、一発二発蹴られただけで「痛い!」みたいな顔をしてしまうファイターがいたとしたら……我々観客はどう思うだろう? うわっ、カッコわる! あいつよわっ! プロやのに……! 間違いなくそう思うはずだ。攻撃を避ける際に後ろを向きそうになったらどうだろう? うわ〜、臆病やな〜。と思うだろう。
そして試合後のインタビューで、「効いてたし、怖かったから立たなかったよ」と言ったら? ハート弱い! 精神力弱い! ファイター失格! そう思うのは間違いない。
でも実際、ファイターは痛くないのか? もちろんローは一発だけでも痛い。瞬発力抜群の相手にコーナーに詰められたら? いや、実は半身になってでもいいから距離を取りたい。トーナメントの二試合目に、左フックでダウン取られたら? ダメージもあるしもうだめだ、諦めよう……。これ以上殴られるの嫌だ……。
戦闘狂のような人間でない限り、ファイターでも絶対にこういうことは考える。でもそういう状況でそういう行動をとらせない感情……それが「見栄」だ。究極的な目標である勝利も、言ってみればその「見栄」を満足させるためのものだ。
だからファイターは、ローを蹴られても痛くないふりをし、試合後のインタビューでは「実際には効いていたとしても」、ノーダメージですと言い張る。本当はワンダウン目で諦めてても、「ラッキーパンチもらって立てませんでした!」と言い張る。すべて見栄のためだ。
キシェンコという選手は、そういう見栄の薄い性格なのではないだろうか?
ローキックをもらったら、効いた風に痛がる……実際は鍛えてるからダメージ的にはまだまだ持ちこたえられる。でも痛いものは痛いからそういう顔をしてしまう。
コーナーで必死になってサイドキックして、観客にもジャッジにも印象悪い。でも、打ち合い嫌なんだ! 距離取りたいんだ!
魔裟斗が怖かったから、立たなかった……。え? 格好悪い? でも本当にそう思ったからしようがないよね。また来年だよ。
天真爛漫そうなのは顔だけではなかった。この人は、きっとものすごい素直な性格なのではないか。
初のKO取ったのはボディブローだったから、その後も多用している、というエピソードがある。今回の試合も、膝が効いたから連打連打……愚直というか、微笑ましくすらある。うまくいったからそれでいこう……実に単純で、素直な発想だ。
もちろん、いつかの試合中の腕立て伏せに代表される、負けず嫌いのところはあるだろうが、いわゆるマイナスになりそうな虚栄心、いらないこだわりが彼には見当たらない。
試合の度に変わる肉体を見ても、ああ〜、トレーナーの計画通りに真面目に徹底的にトレーニングを積んで来たんだろうなあ……というのが伺える。どっかのベラルーシ出身選手のような不摂生は影も見えない。
戦闘スタイルもそうだ。左右の蹴りの連発……軽い蹴りとはいえ、圧力をかけてくる相手に、自分が下がるのではなく蹴りの連発で止めるのは、見た目以上にスタミナも神経も消耗する。だが、3ラウンドやっても平然としている。相当な練習をこなしているのは間違いない。そして、若さに似合わぬ多彩なボクシングテクと、老獪なまでの崩し、弱点を突く観察眼……才能はもちろんだろうが、練習量と、なにより一つのスタイルに縛られない柔軟な考え方が感じられる。どんなテクニックでも、使えるものは取り入れよう……そんな貪欲さと、こだわりに縛られない素直さを感じる。
う〜む、やっと一端に触れたような気がするな……キシェンコのその強さの秘密、サワーを一度は破り、魔裟斗を追いつめ、佐藤もねじ伏せ、ディレッキーを完封した、その実力の正体に……。
彼は今後もこの素直さを保ち、さらに多様な進化を遂げていくのだろうか? それとも、色々やりすぎて器用貧乏に留まり、勝つために必要な悪辣さを身につけられずに終わるか? 今後も注目していきたい。
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