『渇き』


 パク・チャヌク監督最新作! 『オールドボーイ』『親切なクムジャさん』以来、ひさびさに観る。


 人が常に死んで行く病院で、祈りの無力さに耐えられなくなった神父サンヒョン。致死率100%と言われるウイルスの人体実験に参加した彼は、500人の被験者の中でただ一人生き残る。しかし、生き延びた彼は、再発する症状と強大な力と引き換えに、日光を浴びられず血を吸わなければ生きて行けない吸血鬼と化していた。
 奇跡の神父として、街の人間の信仰を集めながら、密かに病院の入院患者から血を盗むサンヒョン。ある日、幼なじみのガンウの家に招かれた彼は、そこの養女であり今はガンウの妻となっているテジュと出会う。夫と義母に抑圧された生活を送るテジュは、血の衝動に目覚めたサンヒョンと激しく惹かれ合い……。


 いや〜、びっくりするぐらい正統派の吸血鬼譚で驚く。信仰に殉じたために抑圧されてきた性衝動と、新たに加わった血を求める葛藤。人間を超えた力を手に入れた事で、悲惨な境遇にいる一人の女を救えるのではないかと思った主人公は、神に叛く所行に手を染める。許されるのか? 許されないのか? そもそもすでに自分は神に見放されているのではないか? いくつもの「線」を一つずつ一つずつ超えていく彼。


 それを超えさせる動機となるのが、ヒロインのテジュだ。捨て子であり、病弱なガンウの「妹」として育てられたはずの彼女は、やがて「妻」にさせられる。「夫」の世話と店番に明け暮れる毎日……抑圧された衝動は、深夜に路上を裸足で走る、一種の自傷行為によって埋められてきた。しかし、神父との出会いが、彼女の人生を変える契機となる。関係を持った後に彼が吸血鬼であることを知ったテジュ。


 主演のソン・ガンホがこれぐらい演れることは知ってたが、このテジュ役のキム・オクビンが怖いぐらいの存在感。あどけない表情の中に溜め込んだ不満と哀しみの色に、神父の心が捉えられていくさまが事細かに描かれる。だが、殺人に手を染め、人としての道を踏み外した頃から、「不幸な女」を救うという神父の思い描いた純愛は、微妙に歪み始めるのだ。まさにファム・ファタールだね。


 もう、ワンシーンワンシーンで揺れ動いて行く心理の描き方が素晴らし過ぎる! 少しずつ転がって行く状況に、ほんの少し流されることの繰り返し、その瞬間には「無理もない」「やむをえない」「小さな事」と思えたことが、取り返しのつかない結果を生み、それがまた……。
 主人公が聖職者だからか、いつもは「自省」の感じられない韓国映画に、かつてない苦悩のムードが漂う。女のため? いや、すべては自分が神に背いて選んだ道なのだ。変容して行く女を、彼は責めることが出来ない。


 エロもグロも満載で、R-15指定がついているのだが、内容は恐ろしい程にストイック。韓国映画ファンも吸血鬼映画ファンも必見の、凄過ぎる映画だ。酸鼻を極めるクライマックスも、おぞましくも美しい。傑作。

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