”何者にも砕けぬ”『エル ELLE』


『エル ELLE』 本予告 8月25日(金)公開

 ポール・バーホーベン監督作!

 覆面の男に自宅に侵入され、レイプされたミシェル。過去に起きたある事件から警察不信である彼女は、自ら犯人を探し始める。経営するゲーム会社の内部に、彼女を疎ましく思うスタッフがいることから疑いを深めるが、やがて嫌がらせメールや、家への再度の侵入などが起きる。元夫や友人にもレイプの事実を告げるミシェルだが……。

 前作『トリック』は全然ダメだったので、もう新作は期待できないのかなあ、と思っていたら、賞レースもごっそり取ってやたらと評判がいいではないか。主演はイザベル・ユペール、また大真面目な顔をしていて、何を考えているのかよくわからない人の役! この人も初めて観たのは『ピアニスト』で、あのわけのわからなさも含め、いくつになっても最高と言うしかない。近年では『ラブストーリーズ』のワインが本体のお母さん、『母の残像』の死んだ母親役などが多かったが、今作でも離婚して結構でかくなった息子が一人。

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 お話はレイプ直後から幕開け、とりあえず猫はまったく防犯の役には立たないな! 家を片付けつつ、病院に行って治療と証拠の採取を行うも、警察にはなぜか連絡しないユペール様。そのまま仕事へ……。
 仕事というのはゲーム会社の社長。文芸畑だったのがこの会社を買い取り、なぜかゴブリンが主役のゲームを作っているという謎さ。画面見ても何をするゲームかよくわからないが、PS4だしグラフィックはそれなりだ……。
 家族や友人関係がちょいちょいと登場し、段々とこの主人公のパーソナリティが見えて来る。本人は特に語らないんだけれど、若い男と再婚したがってる母親が語る語る語る。過去に主人公の父親キリスト教に狂い、ご近所の住民25人を惨殺し、終身刑食らって服役中。少女だった主人公はマスコミに共犯関係を匂わされ、50年経った今も殺人者の娘として見られているという……。
 まったく心理が理解しがたい話かと思いきや、意外とちゃんと設定が作ってあって、この過去の事件が家族観、男性観などの根っこにあって、警察不信やマスコミ不信にもつながって後々の行動に影響を及ぼしているのだな。

 自分と他人をガツンと分けている感じがかなり徹底していて、母親や息子、元夫に対しても全然甘さがなくて超シビア。愛情はないわけじゃないんだが、ついズバズバと物を言ってしまう辺り、どことなく『ロボコップ』が空気読まずに発言している様をも想起させる。息子に子供ができるあたりがなかなか最高で、めちゃめちゃ態度でかい息子の妻とものすごく険悪に。最初から超疑っているのだが、生まれた子供は、あれっ、肌の色が……? まあ可愛い、と周囲が喜ぶ中、「いやいやいや、ちょっと待てよ」と一人で突っ込む!

 一人でいる時、レイプ犯を灰皿で殴って返り討ちにする妄想をして、映像は最初犯人の頭をガンガン頭を殴ってる絵面だったのが彼女の顔アップに切り替わり、数秒してニンマリと笑いが浮かぶ。ああ、今とどめを刺したんだな……とわかるあたりが最高ですね。
 実際はなかなか犯人は捕まらず、どうも会社の部下に恨まれてるのが怪しい……と思いつつも決め手なし。家の鍵を交換し、防犯グッズショップで催涙スプレーと小さい手斧を買って来る。この手斧の凶悪なデザインにまた笑いをこらえきれないのだが、これの餌食になるのが心配して様子を見にきた元夫なのだから余計に爆笑してしまう。ワハハハ、いやはやかわいそうだなあ……ギャハハハハ!

 中盤以降、母親や父親との関係にも変化が現れ、息子夫婦との関わり方もまた変わって来るのだが、短いながらも家族ものとして『マンチェスター・バイ・ザ・シー』をひょいとまたぎ超えるような雄弁な表情を見せるユペール様の演技がすごすぎ。家族や友人のキャラもまた立ちまくりで、この群像劇に近いテイストは……『トリック』だっ! あれも無駄ではなかったのだな。
 フランス人の性へのあけっぴろげぶりと、バーホーベンの悪趣味さがいい感じにブレンドしているのだが、画面作りとカット割りがタイトでダラダラしない。バーホーベン映画にハイテクのサーバールームやPS4が出て来ると何やら違和感があるが……。

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 レイプ犯の正体は、怪しくない人が怪しいという原則で、まあだいたいわかってしまうのだが、展開的にはその後の行動が肝と思う。彼女を過剰に恐れる父親と同じく、レイプ犯が彼女にこだわり続け、何か偶像視していたのではないかと思われるあたり……。
 世の中にはやたらと「こうでなきゃ」という規範があり、女性、母親、家族として何がしかの役割を期待されることが多々あるわけだが、いやそんなこと以前に私は私なんですよ、という当たり前のことを素で語り貫き通す。主人公が共感しづらい人物であるとしても、そこは同じなわけだ。

 かつて彼女の人生は父親によって一度破壊され、失われたものは回復しないままにここまでやってきた。だが、それでも彼女は彼女であり、レイプという性暴力によってまた傷つけられても、やはり彼女は彼女のままなのだ。そう、ロボコップが欠けた身体で、それでもマーフィーという名を掴んで生き続けるようにだ……。
 で、ラストに妙にさわやかな音楽かけて、えっ、それでいいの?という感じで終わるのがまた『スペッターズ』そっくりじゃないですか!

 オランダの殺人風車バーホーベンおじいちゃんの健在ぶりを堪能できる一本で、そろそろ八十歳だけど、これはまだまだいけますな。次回作も楽しみ!

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