”余命一ヶ月のバルボア”『クリード』(ネタバレ)


 『ロッキー』シリーズに新作!?


 両親を失い、里親や施設を転々としていたアドニス・ジョンソン。その彼を引き取りに来たのは、クリード夫人……リングで死んだ伝説のボクシング王者、アポロ・クリードの妻であった。アドニスこそ、アポロの愛人の子であり忘れ形見であると告げる夫人。彼女と暮らし始めたアドニスはたくましく成長する。だが、父と同じ道を歩んで欲しくないという夫人の思いと裏腹に、アドニスの胸にはボクシングへの情熱が燃え盛っていた……。


 あの永遠のライバル、アポロ・クリードに隠し子がいた……!というお話。『ロッキー4』でドルフ・ラングレンに惨殺される直前、愛人との間に子供をこさえ、その愛人も死んだために孤児となった彼は施設暮らし。ある日、彼の存在を知ったクリード夫人が引き取りにやってくる。疎遠になってるみたいなことが一言だけ語られて、アポロの実子はなかったことにされている。
 そして現代、成長してサラリーマンになっていたアドニス・クリードだが、密かにメキシコでボクシングに身を投じていた……。主演はマイケル・B・ジョーダン。『フルートベール駅で』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20140407/1396861634)では好演、『ファンタスティック4』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20151027/1445945696)では死んだ目になっていたヒューマン・トーチですね。アメリカン・ドリーマーとしてのクリードを、非常にスマートに演じる。


 最初からあれっ、と思ったのだが、孤児生活から引き取られて後は家も金持ちで全然逆境になく、車もあるし、セレブの証4Kプロジェクターも持ってるし、仕事でも昇進したし、一見いいことづくめ。が、それでも彼はボクシングがしたい! しかし、メキシコでの実績を引っさげて、かつてアポロが所属したジムに乗り込むも、PFP2位のボクサーに滅多打ちにされる! 義母に止められるのも振り切って、本格的にボクシング修行するためにフィラデルフィアに……。


 冒頭、メキシコでの試合シーンがあるのだが、長回しだけれどなんだかクリード君のパンチは手打ちで、おかしいな、と思っていたのだが、実は我流でやっていただけだったのだ。本物のボクサーになるべく、師事するのは……もちろんロッキー・バルボアだ!


 4Kプロジェクターでyoutubeのアポロvsロッキーの映像を見ながら不意にシャドーを始めるシーンは最高で、こりゃあとんでもないテンションの映画になるんじゃないか、と胸が高まったよ。スマホを使いこなすクリードは、すんなりロッキーにも会え、頼み込んでコーチしてもらうことに。最初はまずニワトリを追いかけることからだ!


 しかしまあこの辺りから、すんなり彼女ができたり、その彼女が難聴だけど音楽で夢を追いかけてたりというサブプロットのつまらなさが目についてくる。ボクシングと師弟関係に注力すればいいのに、やたらとクリード君の品行方正さと真っ当、親しみやすさを強調してきて、両親の悪口を言われると切れるあたりがむしろわざとらしい。ケンカでオーディションをぶち壊した!と思ったら、「私が歌う場所で喧嘩するなんて! 受かったけど!」とか言い出したのも唖然としたな。この女のキャラ、総カットでいいだろ。


 「ちゃんと女の子の気持ちがわかる男に成長するんですよ!」ということなんだろうが、マイケル・B・ジョーダン君のスマートさも合わせて、いかにも正統派なアメリカンヒーローになりすぎてキャラクターの振れ幅が全然なくなっている。難聴もあざといな、と思ったが、今作ではロッキーまでガンになってしまう。で、クリード君は「いっしょに病気と闘おう!」。うーん、あまりにも言うことが普通すぎないか……? こう平凡な展開が続くと、いわゆる「泣かせ」をやりたいのだなあ、とどんどん白けてくるのである。


 『ロッキー』シリーズって、別に感動巨篇じゃなくて、脚本や監督も務めたスタローン=ロッキーの誇大妄想すれすれのエゴとナルシシズム、わけわからないまでのロマンティシズムが強烈に立ち上ってくるところが面白く、そこが異様な熱気を生んでいたと思うので、こういう整理されてしまったドラマにはいまいち面白みを感じない。『ファイナル』で息子に説教するシーンとか、老いてもやっぱりわかったようなわからないようなことを言う狂気ぎりぎりの珍シーンだからな……。息子は結局カナダに移住しちゃった、という回収の仕方は良かったが。
 ニワトリは追うけれど、生肉は叩かない、卵は焼いて食べる……とまあ、旧シリーズからつまみ食いで使えそうなところだけ引っ張ってきて、スプリクトドクターがいらないところは削ぎ落とした結果、脱臭された小綺麗なエンタメになっちゃったなあ……。


 それでも我らがスタさんが自ら熱演しているから、最低限の見所は担保されている。あざといなあ、と思いつつも、あの巨体が病で倒れる(それもリング上で……)インパクトと身体性の表現はさすがだし、エイドリアンについて語るシーンも上っ面だけにならない。ただ、『ドリブン』、『ロッキー・ザ・ファイナル』、『エクスペンダブルズ』と、見せ場を譲って若手を立てているようで「勝ち負けをこだわりなく譲ることによって相対的に自分を大きく見せる」という狡猾なスタさんイズムはやはり影を潜めた。やっぱり所詮は助演だから……。


 興行の都合で普通ならあり得ないミスマッチなビッグマッチが組まれ、そこで食い下がって2-1でスプリット判定負けする……というお約束の展開になることは、まあ途中から大体わかるんだが、これも泣かせのために引っ張ってきたものだわな。そんなことで流すような安い涙はこちとら持っていないんだよ……。


 プロモーターは悪徳と言うほどじゃないし、対戦相手のチャンピオンも危ない奴みたいな煽りがされているが、最後には認め合いノーサイドになれるぐらいにはいい人。悪役というか、基本悪い人は出て来ない話なのだが、そこは興行としても整理されてスポーツ化した今のボクシングらしい。そうすると、クリード君の品行方正なキャラクターも、今のボクシング界の求めるイメージに相応しいものになっているのかな、という気がする。「この勝利はチーム、家族があってこそです」とかいうあまりにお仕着せなコメントたるや……ここで「ビアンカー!」とやられても確かに困るんだが……。
 80年代の猥雑さ、山師感覚はすでに遠くなり、ボクシングも映画も今現在求められているのは、こういうそつがなさすぎるくらいにないエンターテインメントなのかな。


 試合シーンの臨場感は素晴らしく、カットも長くて登場人物の練度も高い。リングアナやカットマンなど本職の出演も楽しい。終盤はラウンドの省略が細かくなってパンチが当たってるシーンばかり映すから、ノーガードで殴り合ってるみたいになっていたがまあ許容範囲。


 手堅くはまとまっているので、総じていい映画で面白いと思うが、これが『ロッキー』シリーズの最高傑作だ、とか言われちゃうと微苦笑してしまうな。続編はもう作らなくていいと思うが、作るならクリード君がエンターティナーに目覚めて陽気で不遜なキャラになった挙句、愛人との間に子供をこさえた直後にドラゴの息子と対戦するようにしてもらいたいですね。