"全身タイツに隠されて"『私が、生きる肌』


 アルモドバル監督映画。


 かつて、妻と娘を失った形成外科医のロベル。学会で第一人者としての地位を築いた彼は、自宅兼手術室にて、禁断の実験に手を染めていた。豪邸に監禁された謎の美女ベラは、かつてロベルが亡くした妻と同じ顔をし、ロベルが開発した人口の皮膚を移植されている。それは狂気の研究か、愛の所産か……?


 この監督の作品を観るのは初めてだったのだが、今作はいかにも変態的なポスタービジュアルで、最初に観るのはもう少しふさわしい作品があるのではないかなあ、と思いつつの鑑賞となった。果たして監禁された美女が全身タイツでヨガやってる冒頭から、変態的なかほりが濃厚! これはとんでもねえものが見られるんじゃないか、と観たいような観たくないような気持ちが高まる。


 さすがに年取って顎が二重になったバンデラス、医学会でも皮膚移植の権威であり、自宅兼手術室兼研究所という豪勢な建物に住んでいる。そこで自分好みの顔と身体に作り変えた美女を監禁し、監視カメラで覗き! しかしどこか研究者らしいストイシズムも感じられ、欲求と裏腹に「観察対象」に心を許してはいけない、というためらいも見える。やがて、監禁されている女の過去と正体が、少しずつ示唆されていく。その顔が、かつて死んだバンデラス博士の妻の顔に似せて作られていること、豚の遺伝子を組み込んだ特殊な皮膚を移植されていること……。
 このバンデラスのキャラクターの振れ幅が見所で、夫としてであったり、父としてであったりという家庭人としての価値観を持っている反面、科学者としての探究心や逆に倫理が折に触れて顔を出す。時に牽制し合い、時に一方が上回り、幾多の矛盾する行動がそこから生まれる。筋は全然通っていないのだけれども、瞬間瞬間の欲求や気持ちはわかる、という……。終盤、復讐のために行動していたはずが知らぬ間にうやむやになって研究に没頭していくあたり戦慄もので、さらにそれが愛と欲望に押し流されていく姿ときたら……。ぶれ過ぎだろ!
 いかにも変態的で異常なキャラクターなのだけれども、富豪の生まれなのに家庭に恵まれなかったお坊ちゃん育ちの男、という背景に、演技や描写がぴったり合致している。


 研究や実験を巡る科学的背景や人物配置、手術室のセットを始めとする背景も丁寧にエクスキューズが施されており、変態を描いた変態的映画にもかかわらず、かくも理性的な手触りの作品になるのかとちょっと驚いた。柄や色は派手で不気味で変態的だが、精緻に寸分違わず編まれた織物のような印象。
 全身タイツと虎の衣装に仰天する前半も充分に衝撃的だが、ちょうどその前半と時系列を入れ替える形で後半に語られるストーリーのあらましと真相がまた強烈。この入れ替えがシンプルだが効果的で、前半にひっかかりを覚えた部分が矢継ぎ早に解き明かされるあたり、ぐいぐいと引き込まれる。
 後半でもバンデラスによる真顔の変態演技は続き、徐々に笑いがこみ上げて来る。しかしその中でも、発端となった妻の裏切りを受け入れられておらず、それを愛にすり替え、自分の研究に対する欲望と同化させていく過程が丁寧に描写されているあたり、ただ事ではない。


 変態、変態と連呼してきたが、このなんとも変態的な話をこれほどに冷静な手つきで、突き放して描いたところも面白い。そこには、他人からの印象や気持ちは外見に左右されるが、いくら肉体が変わっても自分自身の中にあるものは変わらずに残る、という普遍的な内容も隠されている。無駄なガジェットかと思われたヨガも、その辺りに絡んで来るのだね。


 いや〜、面白かった。金や名声など条件に恵まれた『ムカデ人間』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110712/1310378080)という感じもあり、変態的アートでありながら完成度も抜群という良い映画でありました。しかし本国の賞レースでは押され気味だったそうで、変態性に的を絞ってぶっ飛んだパワーを発揮した作品には、インパクトの点で劣るのかもなあ。

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