"ヒゲを切ってはいけませんよ"『三国志英傑伝 関羽』


 2012年もドニー・イヤーになるか? 一本目!


 徐州陥落後、主君・劉備とも離ればなれになり、劉備の妻と共に曹操の捕虜となっていた関羽。河北の袁紹軍との激闘に苦戦する曹操は、敵将・顔良を倒すため、最強の将と誉れの高い関羽を差し向けることに。顔良を葬った関羽は、主君・劉備の居所を知り、曹操の下を去ろうとする。義に厚い関羽を手放したくない曹操だったが……。


 三国志というと、小説では柴田錬三郎、漫画は横山光輝を中心に親しんでいて、他はあまり読んでいない。ソープの人の書いたオリジナルすぎるあれやら、曹操はなにゆえに曹操か!とか言ってたあれはちょっと読んで放り出してしまった。あ、そういえば酒見賢一のこれ(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20091115/1258291809)は読んでいたか。
 さて、我らがドニーさんの映画であると同時に、三国志の映画ということで、前日辺りから突然ワクワクしてきて自分でも驚いた。楽しみだなあ、三国志は日本人の心のふるさとだよね、と、わけのわからないことをつぶやいていたのだが、よく考えたら判官贔屓な物語はある意味日本的で、心理としては当然だわな。


 しかしまあ単純なお話とコテコテの武侠アクションしか求めてなかったので、消化不良を起こしてしまった。元のお話はご主人大好き関羽が、関羽大好きな曹操の執拗なラブコールを撥ね付けて、主の元へ馳せ参じる。その間に超人的な強さで敵将を血祭りに……というだけのもの。ちょっと原作を読み返してみたら、冒頭の官位を与えられるとこや贈り物を全然使わないところ、敵将二人を相手にして矢を一本受けたり(映画では吹き矢)、モーニングスターが出てきたり、同郷の僧が出てきたり、とかなり元ネタとしているところも多い。しかしながら、え、顔良は出てきて文醜は出ないの? とか、馬があっさりひっくり返り、これ赤兎馬じゃないじゃん……とか、「再現」を期待してはいけない残念な感じがひしひしと漂って来るのである。
 後半の関所破りには期待したが、5関6将のはずが途中で終わっちゃったよ、おい〜! 


 強引だが進歩的で合理的な人物としての曹操像が、酸いも甘いも噛み分けるある種の理想の為政者像になってる辺りは、かなり気持ち悪い。歴史上においては曹操が圧倒的に実力者であり成功者でもあるんだから、それをさらに持ち上げて、わざわざ吹けば飛ぶような劉備を貶める必要があるのかねえ。私欲、我欲が強いからこそ権勢を得たのであろうに、そこを薄めて妙に理性的に描くあたり、後知恵で「長いものに巻かれておけば良かったのに」「彼に反抗しなければ、世の中は平和になったのに」と言いたいかのようで、いわゆる「三国志演義」とは違った物語を描きたかったのはわかるが、妙な臭みが際立つ。
 そういう成功者に乗っからずに義理を貫いた関羽が、愛にも裏切られ戦いばかりを招いた、なんていう単純化も不気味だし、その唯一のナイーブな義の男を劉備さえもが利用していたのだ、という辺りに至っては、劉備関羽の関係をろくに描かずにやってしまう辺り、欠席裁判的な浅さばかりが目立ってしまう。
 単に判官贔屓な物語として、権力者・曹操に忠義者・関羽が肘鉄を喰らわす、という話で良かったのだが、近年の『三国志』の物語で描かれてる曹操のキャラクターとて、そんな単純ではないのだよね。人材マニアなところや、あれも欲しいこれも欲しいという幼児性のような部分。ド田舎から成り上がって権力の全てを握った豪快さや、勝つ時は大勝だが負ける時は壮絶に負けてほうほうの体で逃げ出すなりふり構わなさ。気が短くて決断が早いが、かっかして参謀に死を賜って後で後悔したりする単純さ。敵や裏切り者への非情さと裏腹に、気に入った者への太っ腹さ。金も大好き、女も大好き、権力も大好き。ここらへんの性格付けが、品行方正な劉備に対して「悪役として悪く描かれてる」みたいな見方こそ幼稚で、だからこそ面白い、魅力的な人物なんじゃないか、と思うのである。俗なところがあるからこそ人の支持を集めるし、こういう不完全な人物だからこそ自分が役立てると思って人材も集まって来るし、贔屓があるからこそハイリスクハイリターンな旨味もあるし、なんか放っておけない可愛さがあって、こういう人に気に入られたい、関羽みたいに! と思う良さがあると思うのだよね。その「欠点」をスポイルする形で狡知に長けた人物として描いてしまうことは、逆に一面的になって曹操の良さを殺してしまうと思う。


 さて、劉備の妻とのロマンス、みたいな宣伝を見たので「え、甘、靡の両婦人のどっちかと……? 禁断の恋の予感!」と盛り上がったら、それも後付けのオリジナル設定の三人目だったのでがっかり。そして献帝の意外な活躍にびっくり……というか、これは何か必要だったのか?
 それらの対立をクライマックスに持ってきたせいで、終盤もカタルシスに乏しく、代わりに語られたのは変に現代的な観点の盛り込まれた浅い思想だったわけで、単純化の極みであった『レッドクリフ』(あの曹操の描き方も同じく一面的過ぎて駄目)との差別化を図りたかったとしてもこれはないなあ。『エンプレス』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20101024/1287898070)並にすっきりしなかったねえ、うーん……。長い三国志の物語と、複雑な人間模様と歴史のうねりを、曹操関羽の関係を描いた一エピソードで表現するなんて土台無理なんだが、何で史劇やるのにこういうひねりを入れたがるのだろう? 


 あ〜、三国志の事ばかり書いてしまったが、ドニーさんの青龍偃月刀アクションはなかなか良かったですよ。槍使いとの狭いとこでの激突で壁を打ち砕きつつ戦うあたりは傑作『ワンチャイ天地大乱』を彷彿とさせるし、卞喜戦の扉越しに決着がついてしまうあたりの処理もホラー映画っぽくて面白かったですね。しかしまあ「義」の男ということで、いつものオレ様感もなく、かと言って物語に深みがあったわけでもないので近年の人格者的演技も発揮されず、少々もったいないところであった。


 見どころもあるが、ドニーさんの史劇は今回もイマイチ……ということで、また次作の公開を待ちたいと思います。

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