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”不死となり伝説となる”『サンローラン』(ネタバレ)

映画


 イヴ・サン=ローランを描いた実話!


 すでに名声を欲しいままにし、「モードの帝王」と呼ばれたイヴ・サン=ローラン。だが、華やかな表の顔と裏腹に、彼自身は傷つき苦悩を抱え、新たなデザインにも行き詰まりつつあった。奔放になる私生活の裏側で、稀代の天才は何を思う……?


 昨年にも『イヴ・サンローラン』というタイトルの映画が公開されたが(未見)、そちらがブランド公認で、今作はその公認を途中で外されて乗り換えられてしまった方の映画。うん、その方が面白そうじゃんね。冒頭のヨーロッパコープのロゴに若干不安を感じながら、この稀代のデザイナーの物語は幕を開ける……。


 主演はウリ坊ことギャスパー・ウリエル。『ハンニバル・ライジング』懐かしいな。若き日のレクター博士を演じたイケメンも、そろそろ三十歳ですよ。
 映画はサン=ローランがインタビューに応じるところから始まり、時系列が数年巻き戻る。彼の業績が順を追って語られるわけではなく、前半は私生活が延々とまったり語られる……。いや、このあたりの構成は時系列こそ前後するが『EDEN』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150919/1442618244)そっくりで、そう言えば年代の出し方も似ている。いかにもフランス映画であるなあ、というスローなテンポ、いい加減にしろよと言いかけたスタイリッシュげな撮影……。
 サン=ローラン本人が語ってるという体裁だからであろうか、モノローグは多少入るのだが、基本は映像のみ。実績なんか誰でも知ってるだろ、と言わんばかりにその私生活が……。


 はーい、ゲイでーす! まあその性的アイデンティティこそ有名なのだが、その日の仕事が終われば怒涛のごとく爛れまくりな私生活に突入していくサン=ローラン! 酒を飲み、ヤクをキメまくる! 愛人となるジャック・ド・バシャール(演じるはルイ・ガレル)とのクラブでの出会いは超キメキメのカメラワーク……!
 「同時代にライバルがいないのが悩みだね」と言い切るサン=ローラン。いかにも天才らしくいけ好かないマイペースぶりを発揮し、ディオールからの独立の立役者となったパートナーのピエール・ベルジュ(この辺りは『イヴ・サンローラン』で詳しく描かれてるみたいよ。ややこしいな!)さんも色々サポートするのであるがどこ吹く風。愛人とよりハードゲイなプレイに興ずるように……。いやあ、パリはハッテン場の公園もオシャレですね、とか、スケベイスがあっても部屋はオシャレですね、とか、みんなモデルみたいで脱いでも身体がオシャレですね、とか色々とオシャレ感覚が漂う!


 彼にはかつて従軍した時に受けた性的虐待の影響があり、それが彼を破滅的なセックスに走らせる……ということが一応は匂わされるわけであるが、いや……見ていると、なんかそういうことじゃないんじゃないの、という気がする。そのあまりに爛れた生活から天才の苦悩を見て取ることは可能だが……いや、そうしてわかったような気になってはいかんのじゃないか。
 幼い頃から「美」が見えているというしかないその才能もチラリと語られるのだが、『博士と彼女のセオリー』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150324/1427198475)においてホーキングの天才性がいかに凄いかは、数式見せられてもチンプンカンプンで結局素人にはよくわからんのと同様、サン=ローランの目にしているもの、彼の脳内で起こっていることは余人には窺い知れないことではないか。まあ確かに苦悩はしてるんだろうが、それが映画内で描かれていることとは必ずしも直結はしていないのではないか、という気がするね。


 そうすると、この爛れまくりの私生活にはいったい何の意味があるのだろうか、とも思うのだが……いや、意味なんて後からついてくるんだよ! フランス映画だしな!
 さしものサン=ローランも愛人と別れさせられ、犬を失ったあたりから行き詰まりを見せ始める。こうなるとヤク中もアル中もセックス三昧もガンガンに立ちまくった負けフラグのように思えてくる。時系列はインタビューを受けた冒頭を過ぎて、いよいよ後半へ……次なる山場は、彼のキャリアでも最大にして最高のものと位置付けられている「1976年のショー」へ……。
 こんな爛れてて大丈夫なのか、と普通なら思うところだが、この辺りからものすごい勢いで風格が滲み出てくる。私生活がめちゃくちゃでも、さてサン=ローランの天才性はどうなのかというと、小揺るぎすらしていないのだな。上客に新デザイン着せて「お似合いですよ」と言う時の確固たる説得力。愛人を追い出したせいで私生活で殺されかけてドン引きしたピエールさん他、会社のお針子さんたちも、それがわかりすぎるぐらいにわかっていて、少しも迷わない。サン=ローランあるがゆえに我あり……自分たちは今、歴史に立ち会っている。この人についていけば伝説の一部になれる、というのがわかっている。我の強そうな顔したレア・セドゥ先輩までが無言で陣頭指揮を取り、出てきたデザイン画を形にしていく。
 天才、カリスマと呼ばれる人間本人が、必ずしもプロフェッショナルとは限らない。だが、そのカリスマに惹き寄せられ、そのビジョンを形にする優秀な職人は必ず現れる。


「私たちは、サン=ローランについていくよ〜! オーッ!」


 その背景には、常に女性やマイノリティを眼差してきたサン=ローランの審美眼への信頼もあるのだろう。どれだけ私生活が無茶苦茶でも、唯一、それだけは疑いないのだ……! 『博士と彼女のセオリー』でも、ホーキング博士の偉人力が映画の出来を超越してしまっていたのだが、今作でもサン=ローランの天才性とカリスマが作劇を凌駕している。
 時系列は死の直前である2007年に飛び、老いたサン=ローランが「1976年のショー」を述懐する。いや……そうだよな……私生活爛れてて、別れた愛人もエイズで死んだけど、同じように負けフラグ立てたはずのこの人は、普通に長生きしたもんな……。
 自分の仕事の中で、唯一「絵画」と呼べるレベルに達したのが、あの「1976年のショー」だと語る老サン=ローラン。再び時代は戻り、行き詰まってたはずのサン=ローラン、海外でデザイン画を上げて帰国。ショーまでマジに時間はないんだが、顔色こそ青いが誰一人不平はこぼさない会社の面子たち。いや、これは完成させたらとんでもねえよ、というのがわかってしまっている……!


 クライマックスになる「1976年のショー」では、そこまでのサン=ローランの歩みをガンガンとカットバックするんだけど、そこに「未来回想」とでも言うべき老後のシーンまで交錯させ、時が歪みまくり! 過去、現在、未来がすべてそのショーに集約され、ついでに画面も分割して空間も歪ませる。袖から見守り、初めて会心の微笑を浮かべるサン=ローラン。これこそ絵画。あれは、いいものだ……。


 時系列はまた2007年。現代における死が描かれ、これにてこの天才デザイナーの伝説も完結か……。
 と、思わせておいて、ラストカットはまた戻って1977年。この頃立った「死んだ」という噂。どんな見出しが幕引きに相応しいかまで議論してた記者たちが、真偽を確かめにやってくる。「おーい、おまえ死んだってよ。顔見せてなんとか言ってやってくれよ」と呆れ気味に言うピエールさん、そして記者たちに、サン=ローランはいつもの微笑を浮かべてみせる。死んだ? 笑わせてくれるなよ、サン=ローランは不死身さ……とでも言いたげな……。現代における死を描いた後でまたこの時代に戻ってくるあたり、すごい発想力だ。全然理屈としては通らないんだけど、まるで「生き返った」みたいではないか。かくして天才は不死となり伝説となる……!
 時系列いじりを除くと、話の構成は『EDEN』によく似てるなあと思ったのだが、同じ話でも時代に取り残された凡才と、時代そのものを築いた天才ではこんなに差ができるのだな、と感じ入った次第。残酷だ!