"裸になって何が悪い!”『ノア 約束の舟』


 ダーレン・アロノフスキー最新作!


 かつて、父を殺された過去を持つノアは、ある夜、世界が洪水によって没し、全ての生物が滅ぶという創造者からの託宣を夢見る。妻と三人の息子、養女、そしてつがいの動物たちを乗せるため、地上に落とされた天使である岩の巨人たちと共に、巨大な箱船を作り始めるノア。だが、そこにかつて父を殺した仇敵が迫る……。



 「ノアの箱舟」というと、いかにも壮大なお話のような気がするが、聖書で読むと十ページぐらいの下りなんだな。そこをアロノフスキー印で膨らますとどうなるか……という映画。
 こういう神話もののお話を映画化する時、『トロイ』みたく、「リアリティ」を出すためにファンタジー要素を割愛して、荒唐無稽なエピソードは隠喩程度に留める、というのがよくあるパターンだが、今作はファンタジー要素バリバリ! ノアさんが箱舟を作るのも、本人はあまり何もせず石の巨人が労働しているという状況に……!


 そのノアことラッセル・クロウが、頼れる男かと思いきやメンヘラ。『グラディエーター』とまでは言わないけれど『3デイズ』ぐらいには頼れるだろうと思っていたら『ビューティフル・マインド』だったということで、ついてきた嫁ジェニファー・コネリーは、きっと「またかよ!」と思ったのではないか。
 中盤以降、完全に人格破綻者と化すラッセル・クロウだが、妻も子供達もなんでここまでついてきたかと言うと、「神に選ばれた男! すげえ!」ということのはずだったから。が、なぜ選ばれたかというと当然「強く、正しく、心優しい」からだと思っていたら、「目的のために手段を選ばず冷酷になれるから」だったりしたからたまらない。信用してついてきたら、話が違うよ、というお話。


 原作ではちゃんと嫁がいる次男ハム君なのだが、演ずるは『ウォール・フラワー』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20131213/1386936828)のローガン・ラーマン君なので当然、映画では童貞として描かれる。兄貴がエマ・ワトソンとイチャイチャしているのを覗き、箱舟で生き残って子孫を作るんだから当然嫁が必要じゃん!と目をギラギラさせながら、童貞喪失の期待を込めるのだが、なぜか乗り気じゃないどころか阻止しようとまでする父ノア。
 性別こそ違うが、この抑圧っぷりは主人公が母親に処女性を要求された『ブラック・スワン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110512/1305173515)にも似ていて、レイ・スティーブンソン演じるカインの末裔である男が、「もっとやんちゃしちゃえよ」と親殺しを唆すヴァンサン・カッセル的ポジションなのであるな。きっとローガン・ラーマンがオナニーしかけたところをラッセル・クロウが見ちゃいそうになるシーンをなども、裏であったに違いない。


 長男がまた全然個性のないキャラなのだが、妻はエマ・ワトソン。この妻、幼い頃に腹に傷を受けていて子供を産めない、という話だったのだが、アンソニー・ホプキンスお爺さんの祝福を受けたところで産めるようになってしまう。ファンタジー設定なんだから、その祝福にそれなりのパワーがあったと解釈してもいいが、どうも最初の「産めない」という見立てが間違っていたのではないか、という気もするな。
 「妊娠しない」と思ってやりまくっていたら妊娠した……ということで、まあ現代でもよくあるお話ですが、これにノアさんが大激怒。ついに自らが神から授かった使命を明かす……人は滅びねばならない! 自分の家族もこれ以上子供を作ってはならない!


 改めて原作を読み直したら、忠実になぞってるくだりが多々あるのに対し、息子二人の嫁問題の部分は完全にオリジナルで、このあたりがこだわりたい部分であったのだろうと想像はつく。『ブラック・スワン』の母子関係に続き、父を目の前で亡くした男が、父性の代替物である「神」への傾倒を深める過程と結果……。
 童貞でなければならない、子供を作ってはならない、生きていてはならない……と、いったいどれだけ抑圧されてるんだ、というお話で、ノアさんがそれを家族に押し付けるのだけれど、最もそれに縛られてるのも彼であるのだね。そう考えると、聖書にも実際にあったワイン飲み過ぎて裸になるシーンは、その抑圧とのせめぎ合いの結果であったようにも思える。そう、


「裸になって何が悪い!」


という名言を残した某タレントのように……。

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