”夢は人を裏切らない。人が夢を裏切るだけなのだ by イチロー”『ばしゃ馬さんとビッグマウス』（ネタバレ）

　吉田恵輔監督の新作。

　学生の頃から脚本家志望だが、気づけば34歳になった馬淵みち代。もう何度目かわからないシナリオスクールに友人と共に通い始めるが、そこで自称天才脚本家だが、一枚も書いたことのない天童義美という男と出会う。最初は彼に呆れていたが、大口に痛いところを突かれて次第に反発するように。だが、天童はいつでも脚本に一生懸命なみち代に惹かれており……。

　ツイッターで薦められて観た『さんかく』（http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20100806/1281103464）の、嫌ったらしい心理と状況の描写の素晴らしさにはうならされたものだが、今作もそこのところは健在。それを感情移入の限りを尽くした「主役」側の人間にも容赦無く適用していく。見ていて、まるで自分のことを描かれ、さらにそれを切り刻まれているかのような、どこかマゾヒスティックな感覚を味わう。寄り添わせて落とすの繰り返しで、ほぼソフトSMの領域に突入しておるな……。

　三十路も半ばともなると、もうとっくに自分が平凡な人間だと気づいている頃で、仮に何らかの社会的地位や業績を持っていたとしても、それがあったところでやっぱりどうしようもなく平凡だということがわかる程度には大人になっているのが普通だろう。一端の夢を抱き続けていても、経験してきた挫折は積み重なってそろそろ山になっているころで、うず高いそれを左に置いて、成果を右に置いたら、そりゃあ一方が圧倒的にでかいのはわかる。まして、右側がまったくのゼロであったなら……。

　リミットは自分で設定するしかないのだが、どれだけ挫折が積み重なっても、諦め切れるとは限らず、引き際を見出せないままに、ズルズルと「夢」を追い続けてしまうのが主人公の「ばしゃ馬さん」こと麻生久美子。
　「夢」というのはいい言葉だが、こういつまでもしがみついていると、夜に見る夢と同じになってくる。本人も半ば気づきながらも目をそらしていたが、関ジャニ演ずる「ビッグマウス」との関係によってそれを改めて突きつけられることに。
　乾坤一擲を狙って、映画監督にも褒められた介護を題材にした脚本を完成させるべく、元彼を頼って介護のボランティアを体験しに行くあたり、もうフラグ立ちまくりという感じであり、ああ、これは現実を突きつけられ無残な敗北を味わうのだな……というのがありあり。この介護絡みのシーンは、妥協なく描いたのはわかるが、あまりにいいタイミングで展開するために、作中で批判される脚本同様に、体良く利用した感が若干残ったかな……。とはいえ、それも瑕疵というほどのものでもなく、基本に則った作劇の丁寧さと言えるだろう。

　途中で、ささやかな幸福感を味わうシーンもあるが、それもまた「夢」の代替物には決してなりえないということも示される。逃げ道はどこにも用意されていない。どんな道も、自分で選んで歩むしかないのだ。この物語が終わったあとも人生は続く。と言うよりも、人生が続くからこそ夢をつかまなければならない、という現実的かつ切実な側面もある。

　これはおそらく監督自身も体験したことなのであろう、と思われる展開も散見され、さりげなくメタ要素も絡めてくる……のだが、それは前面に押し出さずにあくまで主人公たちの物語として完結させる。
　「わかりやすい」ことばかりを追求する業界への批判も孕ませているが、それを直接語るのではなく、実際にこうした重層的な物語をかくもわかりやすく描いて見せることこそが、何よりの批判であるね。

　麻生久美子がこれぐらい演れるのはわかっていたが、泣き演技は出色でしたね。関ジャニも良かった。華がないのが逆にいい。普段、ステージではどこらへんにいるのか知らないが、まったくイケメンではなく、どこにでもいそうであった。ジャニーズの看板を感じさせない好演。

　終盤までアンチカタルシスに徹し、夢破れ去る主人公の寂寥感と、裏腹な清々しさは、喪失を含めた運命を受け入れ、後につなげることを描いた『ジョジョ』の各部のラストを彷彿とさせた。ついに結果は出なかったが、ようやく歩みを緩めた「ばしゃ馬さん」の夢は、もう大口を叩かなくなった「ビッグマウス」に受け継がれる。
　いや、実際のところ、物悲しくはあるが、何ら可哀想であったり不幸であるとは思わない。「夢」をつかめないよりはつかめた方がいいに決まっているが、結果が出なくとも、好きなことを納得いくまで一生懸命にやれたということは、それはそれで幸せではないか。早々に諦めて、したくもないことに汲汲とする人生と比べて何が悪いというのか。それを自分自身で納得することを「難しくさせている」ものは何なのか、ということも考えさせられるのでありました。