”私の好きなアイスは”『アリスのままで』
大学で教鞭をとる言語学者のアリス。50歳になり、子供たちも独立し、充実した日々を過ごしていた。だがある日、授業中や講演の最中、ふと単語を思い出せなくなることに気づく。さらに、慣れているはずの大学内で道がわからなくなり……。検査を受けた彼女に「若年性アルツハイマー」との診断が突きつけられる。
やっとこさアカデミー賞主演女優賞を取れたジュリアン・ムーア。最近は『マップ・トゥ・ザ・スターズ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150119/1421671128)でも大女優のエゴと実生活を、オナラや3Pも交えて大熱演。今回はアルツハイマー病患者という、賞に強い難病もので、『博士と彼女のセオリー』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150324/1427198475)と難病で並んでのゲットとなりました。
知識、学識が豊富で理知的であることをアイデンティティーとしてきた人が、突然、それらすべてを失う危機にさらされる。医者に検査に行くのだが、家族を連れてきなさいと言われてるのに連れていかなかったりして、自立しているということも強いアイデンティティーの一つなのだな。それらすべてを脅かすように病魔が迫る。頭のいい人はそれでカバーしちゃうから病気の発見が遅れたし、進行も早くなる、遺伝性で子供にも遺伝してる、など、今まで培ってきたものがことごとく裏目に出るような事実が続々……。
ハリウッドの難病ものではわりとよくあるのだが、主人公はまずまず裕福な家庭を持っていて、それなりに親子関係も良好である。病気を経済的にケアできるか否かの問題と切り離し、また「家族の絆の再生」ものという別ジャンルのお話にしないためで、結果として、病そのものと、それに向き合う個人を描くことになる。
ジュリアン・ムーアの演技は今回も冴えているのだが、そもそも描かれるのが、一人の人間が記憶を失っていき、その人間の持っていた個性や過去までもが失われていく様である。映画の中で最終的にアリスは反応も覚束なくなる。そうして失われていくなら、記憶とは何か、それによって形作られた人間とは何か、ということになるが、そうすると、役者の「演じる」という行為もそもそも何なのか、ということも考えさせられてしまうね。記憶のなくなったアリスと、記憶のなくなったジュリアン・ムーア本人はどう違うのか、とか……。
家族がみんないい人なんだけど、それぞれに何か足りない感じが面白い。演劇にはまっていて大学教育を受けず定職を持たず、やや不良というか、両親の生き方に反発していたっぽい次女クリステン・スチュアートが、最後に自分のチャンスまで捨てて母の介護を引き受けるポジションに収まるあたりはなにやら皮肉だな……。仕事を持ち栄転のチャンスが来た夫や、自分の家庭を持っている長女が体良く押し付けてしまった感がひしひし。おまえ、どうせ暇だろ、という……。そこを引き受けたからこそ、この役は「儲け役」となり得ているわけなのだが、まあ他の奴らは軽いな……。
長男役の人がものすごく影が薄く、まったく空気で、イメージ的に「次男」なのだな。長女がいてその夫がずっと落ち着いていて「長男」ポジションに見えるせいもあるが、プラスお父さんのアレック・ボールドウィンが何か軽くて、こっちが長男っぽい頼りなさを備えているのが面白い。そりゃあボールドウィン兄弟の長男だしな……。このキャラもまったく悪人ではないのだろうが、最後の最後でアリスよりも仕事を選んでしまう。彼的にはもう結構頑張ったし、いいじゃん、という感じであろうか。
自殺が上手く行ったら良かった、とはまったく思わないのだが、アリスの抱いていたセルフイメージがことごとく崩壊するのを見ていると、本人の意志とはなんぞや、それももう消えてしまったわけだが……いや、それは他人からは観測できないだけでまだどこかにあるのであろうか……と堂々巡りに陥る。
予告編では「もう少しアリスのままでいたい」というナレーションが入り、病状が進行する前の自意識こそがアリスである、という解釈がされていて、作中の「私が私でいられる最後の夏」という台詞がフィーチャーされている。だが原題の「still alice」に込められた意味はそれにとどまらず、記憶がなくなろうがアリスはアリスのままであるということも含まれ、そこで介護に関わる家族らの意識も問われることとなる。自意識は自意識だが、他者を認識するにあたってはその自意識の内側へは決して踏み込めず、ただ観測するのみだ。彼女にあらゆる反応がなくなった時、それでもまだアリスとして認めるか否か……。
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