『人間処刑台』大石圭

人間処刑台 (角川ホラー文庫)

人間処刑台 (角川ホラー文庫)

 もう12年も前、近未来を舞台にした『出生率0』で、大石は女性同士がリングの上で格闘技で戦うシーンを書いた。強者と弱者の二色にはっきりとわかれたリング上で、だが、易々と勝つはずだった強者は敗北し散った。
 勝負に絶対などない。どんな強者にも敗北の時はやってくる。いや、そもそも強者などいないのだ。それは、大石が後に書き続けた作品群でも透徹された、この地上の幸福はあまりに偏って分配されているという事実と同様に、ささやかな事で変わってしまう運命そのものの無常さを描いた名シーンだった。


 それから数年後に、僕は彼の『出生率0』を手に取り、そのシーンを読み……いつかこの題材で、彼が一作をものにしないかと、淡い期待を抱き続けていた。
 その願いはかなった。ああっ、かなったのだ!


 『人間処刑台』という、相変わらず意味のないタイトルを付けられたこの作品で描かれているのは、マカオを舞台に繰り広げられる、地下格闘技の世界だ。
 主人公は引退した元プロボクサー。引退した後も戦う事に焦がれ、アンダーグラウンドに足を踏み入れた。最速と言われた左の拳を武器に、勝ち続ける彼。彼の目的はただ一つ、その世界で最強と謳われる男と戦う事。
 プロットだけならばすぐにでも青年誌で漫画になりそうだが、作品に滞留するのは、常におなじみの大石イズムだ。
 怒りを切っ掛けに沸き上がった暴力への衝動に身を任せること。その衝動と根を同じくする、戦いたいという渇望。大石は、それをリングの上の「光」と表現する。その衝動……人間として最も根源的なものの一つであるその衝動を満たすための舞台としてリングはあり、その光のなかでこそ、人はもっとも輝く。
 それは彼の作品の中で繰り返し繰り返し、執拗なまでに描かれてきた、殺人やセックスと同義なのかもしれない。
 「殺人は僕のライフワークなのだ」……かつて『殺人勤務医』がそう……本心から言ったのと同様、戦う事が今作の主人公の存在意義なのだ。
 恐らく自分を殺すであろう最強の敵と対峙して、彼の心の底に沸き上がる喜び。かつて小学校の同級生を血塗れにし、韓国人ボクサーと凄絶な殴り合いを演じ、引退後はくすぶり続けていた衝動が、行き場を見つけて嬉々とする。
 あまりに残酷で……あまりに美しい。


 かなり厚いが、ほぼいつもと同じ感覚で読める上に、単純に暴力的なことが好きな男性読者にはかなり燃えるものがあるんではないかな。
 大石作品にはおなじみの、近親相姦、DV、児童虐待などのタームも満載で、ついつい「出た〜っ!」と叫んでしまうお約束の世界。
 ただ、他作品とテーマを同じくするはずのラストシーンなのに、今作のエンディングは、いやに輝いて見える。いつもとは、少し違う風景がそこにある。
 それを見届けるためだけにでも……大石圭のファンは、ビッグストーンマニアはぜひとも手に取ってみてほしい。