”深き緑の中で”『野火』


 塚本晋也監督作!


 太平洋戦争末期、レイテ島。結核を患った田村一等兵は部隊を離れさせられ、野戦病院へと向かうがわずかな食料しか持たなかった彼は早々に追い出されてしまう。復隊も拒否されたらい回しされる田村だったが、敗色濃厚な日本軍にはさらなる危機が迫っていた……。


 塚本晋也監督作は、あの主演した時のナルシスティックな感じが苦手で、あまり観ていない。その中でも『双生児』や『悪夢探偵2』は、本人が出ていないから非常に面白く観た。今回は主演作ではあるが、題材が題材であるだけにそこまで酔った感じはなかろうと思って観に行った次第。そもそも、登場人物全員、戦火で顔が薄汚れていて誰が誰だか……?


 敗戦から七十年のこの年に公開ということで、もう少し大規模な映画に仕上げたかったのかもしれないが、中身はほぼ自主制作。始まってすぐビデオ撮りの明るい画面で、いかにもな低予算ぶりが伝わる。そしておなじみのクローズアップ……手ぶれ……ああ、塚本晋也だ。
 最初はちょっとこれはしんどいか、鼻につくかと思ったのだが、段々と気にならなくなってくる。塚本晋也も、作家である大岡昇平をモデルにした人物を演じているということで、実に抑制された演技。ただの地味なお顔の人に見えてナイスだ!


 舞台はフィリピン・レイテ島。東南アジアにおいての日本の敗戦を決定づけ、実に8万人の戦死者を生んだこの地での戦い、多くは餓死によるものであったと言われ、今作では補給を断たれ、わずかな芋をめぐって目を血走らせる兵士の姿が生々しく描かれる。肺を病んだ主人公は、厄介払いしたい部隊とこれ以上人を増やしたくない病院との間をたらい回しにされるが、結果として部隊の壊滅と病院への攻撃を免れることに。


 戦地で完全に孤立し、わずかな芋を持ってフィリピンの密林を彷徨う……非常にロケ先が美しく、まぶしいまでの太陽が緑を煌かせる。そこに広がるのは地獄だ……。現地人を撃ち殺し、また芋や塩を奪う。そうして生き残るしかない。
 戦略的にも戦術的にも戦場全体を俯瞰する視点が一切なく、末端で部隊からはぐれた兵士は、同じくはぐれ兵士からの伝聞の伝聞のような頼りない情報を頼りに異国の地を彷徨うしかない。その間にも状況は刻一刻と変化し、通過できるはずの道でも待ち伏せに遭遇。中盤は低予算ながらも大スペクタクル、命令系統も何もなく反撃もままならない日本兵の死体の山!


 しかしそうしたスペクタクルさえも本題ではなく、それでも偶然に生き残ってしまった主人公には次なる選択が突きつけられる。生き延びた彼に、以前からの知り合いであった兵士が分け与えてくれたのは「猿の肉」だった……猿とは……?


 塚本晋也と言えば夢の中を彷徨うかのような夢魔的演出だが、これはもう全編ずっと戦場という悪夢の中にいるようなもので、誰も信じられない頼れない、自分自身にも何らヒロイックな力はない、そんな状況をひたすら描写し続ける。
 ついには日本兵同士の殺し合いに発展し、極限の飢餓の中で「猿の肉」を奪い合う。現地のフィリピン人を「猿」と呼ぶことで、その肉を食べることへの罪の意識を和らげているが、その先に待っているのは、当然、同胞の肉を食うことでしかない。リリー・フランキーが怪演!


 終戦後、家に帰った主人公だが、彼の見た悪夢は決して終わらないことが示唆される。近年の邦画では、もはや「戦争映画」と呼ぶことも躊躇われるような、特攻隊や戦艦の「カッコいいところ」にばかりスポットを当てた映画ばかりが目立つのだが、太平洋戦争における日本人だけで二百万を数えた死者の多くは、華々しさなど欠片もなく、尊厳さえも失われた中で死んでいったのだと言うことを忘れてはいけない。それこそが戦争である。


 幸い、まずまずヒットもしているようで、まだ捨てたものではないな……。当初の構想では浅野忠信主演で、もう少し大きいバジェットでやりたかったそうだが、原作は古典だし別にもう一回撮っちゃってもいいんじゃね。戦後八十年でもいいし……。

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