"早くチューしないかしら?"『ハンガー・ゲーム』


 ベストセラー小説の映画化。


 12の地区から選ばれた24人の男女が殺し合う「ハンガー・ゲーム」。74年前の戦争で敗れた地区に対する見せしめとして考案され、勝った側の支配の強化のために行われ続けている。第十二地区に暮らすカットニス・エバディーンは、クジで選出された妹の身代わりとして、ゲームに志願する。同じ地区の青年ピータと共に、ステージとなる富裕層の暮らす都市キャピトルに向かうカットニス。そこで彼女を待つものは……。


 オープニングの「刈り入れ」のシーンの白々しい雰囲気は、名乗り出るところも含め音楽なしなのも効いててなかなか良かったんだが、どうも後が続かない。列車や都市の描写もケバくて安っぽく、貧困層と富裕層のギャップの描き方としてはいまいち。もっと荒唐無稽にして世界観自体を面白くするか、風刺として我々が自らを富裕層の人間ではないかと顧みるような現実に近い描き方の方が良かったんじゃないか。


 視点がほぼ主人公のカットニスで固定されているのだが、このキャラクターはゲームの主役のようで独自のカラーが薄い。妹の身代わりになる、というゲーム参加の動機付けだけが固定されているが、あとは何か曖昧で、主体性が感じられない。最初こそ反発するものの、あとはほとんどウディ・ハレルソン他マネージャー軍団のいいなりで、富裕層に媚びを売るようなパフォーマンスを繰り返す。結局のところ殺しも辞さないし、テレビを意識して振る舞うことで間接的にゲームを肯定する。無関心な主催者に一泡噴かせる場面もあるにはあるが、落第確実と見られてるところをテストで良い点取って見返す、ってなもので、ゲームやシステム自体に対する批判的な視点はまるでないのだよね。これは、致命的にダメじゃないか?


 テレビの向こうには、他人様が望みもしないのに命のやり取りをする様を、へらへらと「早くチューしないかしら?」とか言いながら、酒でもかっくらいつつ観てるクソボケどもが溢れているというのに、そういう連中のお望みどおりのことをやってしまう主人公に、いったい何の魅力を感じればいいのだろう? 過酷な世界でヒロイズムなんぞ出る幕はなく、世渡りストとなってへこへこ生きるしかないのだ〜!と言ってるくせに、それをさもカッコいいもののように描いているあたり、心底寒い。
 その活躍が同時に貧困層への希望となる、というところが本来の眼目だと思うんだが、黒人の地区で暴動が起きたのは同胞が殺されたからで、お花なんか飾ってメルヘンチックに演出した主人公は関係ないよね。ドナルド・サザーランド大統領もこんなのにびびるというのは、実はすでに相当落ち目なんではないか?


 そこらへんの世界設定は単にスパイスで、恋愛ものをやりたいのかもしれないが、相手役がソーさんのロキじゃない方の弟と、『ダレン・シャン』の悪役の友達野郎で、どっちも力持ちキャラでかぶってるというのは猛烈に魅力に欠ける。主演のジェニファー・ローレンス、地元じゃリスなんか射ててほとんど『ウィンターズ・ボーン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20111108/1320737153)なのだが、貧乏キャラは本当に似合う。しかし貧乏な女が着飾って生まれ変わるという、形を変えたシンデレラストーリーの要素もあるのに、殺人ゲームに参加するわけだから嬉しくなんかないのよ〜というポーズだけは取らなければならない。
 なんかほんと、思いつきで書いたような話だなあ。妹のために参加する!というヒロイズムだけは先走ったものの、そこからなぜ戦うのか、なぜ殺すのか、それで生き残った先に何があるのか、なーーーーーーーーーーーーんにも考えてないようにしか見えないのはある意味すごい。ゲーム自体の展開が、そのゲーム性からして面白くないのはもとより、その中で価値観の対立も見えて来ないから余計につまらないわけだ。
 この先、主人公の「成れの果て」としてのウディ・ハレルソンのキャラがどう関わって来るかが、続編以降は当然みどころになると思うんだが、どうなるかな? 一見、主人公のためになる人のように見えるが、実はこうなってしまうことこそが最悪、というモデルのようなキャラクターだけに。


 まあでも、そんな中でも『エスター』ことイザベル・ファーマンが出てるじゃないか! 気をつけろ! この女は実は○○○で、このゲームには○○だからほんとは○○○○○○○だぞ! ということで、ミスティークvsエスターの意外な激突が観られることになった本作。今作の数少ない女闘美要素として注目です! いっそのこと今回のラスボスでも良かったのになあ。


 観てる間はそれなりに先が気になるのでまあまあいけるんだが、見終わって振り返ると本当に何もない映画だった。これがアメリカじゃ大ヒットというのは驚きだが、この主人公のように何の主体性もなくとも成り上がれる、オーディションで一発逆転というチャンスをかの国の若者は求めているのか。薄ら寒い気分になった。

ハンガー・ゲーム(上) (文庫ダ・ヴィンチ)

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ハンガー・ゲーム(下) (文庫ダ・ヴィンチ)

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