"70年後の鉤十字"『アイアン・スカイ』


 ナチス映画!


 2018年、アメリカ大統領選の票稼ぎのためだけに黒人モデルを乗せて送り込まれた、月探査船。だが、月の裏側で見つかったのは、大戦後に逃れてきたナチスとその巨大基地だった! 連合軍への復讐を目論むナチスは、円盤を使って地球に工作員を派遣、ついに進行を開始する……!


 序盤からものすごくテンポが緩いんだよね。6分の1の重力である月では当然歩くのもなにかフワフワとしているのだが、話のテンポもそんな感じになってしまっている。
 70年に及ぶナチスの月面生活も、たぶんたどり着いた経緯など、設定はいくらでもあるんだろうが、低予算の悲しさか描ききれていないのであろう。本邦における隠れキリシタンが、江戸の鎖国時代に変容し、オリジナルのキリスト教とずれたものになっていったのと同様、記号としてのナチス描写以上のこの世界におけるリアル感をもう少し期待していたのであるが、少々荷が重かったか。結局、画面上の情報量が足りないので、自然に退屈してくる。


 で、こうすっとろいテンポになると、肝心のギャグの「溜め」が見えちゃうのだよね。ああ今ネタふりしてて、これから出してくるな、というのが、歩いて後方に下がって行くガイルのようにタイミングまで測れてしまう。来るとわかってるソニックブームみたいなもんだから、白人に変えられるあたりも出てくる前からわかっていて、ちっとも面白くない。


 中盤まではそんなこんなで非常にきつかったのだが、地球侵攻が始まって場面転換が激しくなると、やっと普通のテンポになったよ。それでもまだまだキレのない演出で、キャラクターまで鈍重に見えてくる。ナチスと現在のアメリカ、世界情勢を絡めたギャグも単品のネタとしては面白いのだけれども、もたついてるせいでいかにもこれ見よがしに、「どうですか! 面白いでしょう?」と提示されてるようで鼻につく。ショートコントならばさぞ面白かっただろうが……。


 あるものを茶化す事でそれと同質のものを浮き彫りにする、風刺の面白みは味わえるし、ラストの切れ味や全編通した熱意など、楽しめる要素も多かった。メカ描写も、砲身やミサイルのギミックがカッコ良かったなあ。後半のおかげでそこそこの満足度はあったものの、全体としてはもったいない映画でした。

別冊映画秘宝ナチス映画電撃読本 (洋泉社MOOK)

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