"走れ、そして生き延びろ"『少年と自転車』


 ダルデンヌ監督作!


 児童相談所に預けられた12歳の少年、シリル。元通り父親と暮らしたいと願うが、父親はシリルの自転車を売り払い、会う事を避けていた。ある日、相談所を抜け出して父の住んでいたマンションに向かったシリルは、美容師のサマンサと出会う。自転車を探して買い戻してくれたサマンサに、シリルは週末だけ里親になってと頼むのだが……。


 『水曜日のエミリア』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110708/1310031953)、『未来を生きる君たちへ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110917/1316257899)、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120116/1326690625)など、近作でも立て続けに考えさせられたことだが、「言う事を聞くいい子ちゃん」としての理想的な子供像などファンタジーにすぎない、ということを否応無しに思い知らされる。
 正味な話、全然言う事きかなくて危ない事しまくりの子供は観ていてイライラするし、「共感できない」なんていうのは簡単だ。何の義理もないのに里親になるセシル・ドゥ・フランス演じる美容師とて、赤の他人だしいつでも放り出すことができる。他ならぬ実の父親が放り出しているんだから、言い訳もたつ。
 だけど親のいなくて(あるいは親がいたところで……)こういう風になる子供は多く存在していて別に珍しくもなく、既に多くの人がそういう子供と接しているし、自分の子がこうなるかもしれない、というところは最低限の認識として押さえておかなければならないだろう。


NPO法人理事が語る「少年と自転車」と児童養護施設の現状
http://eiga.com/news/20120501/4/


 父親に買ってもらいその父親によって勝手に売り出されてしまう自転車、という設定が不憫の極みなのだが、少年がそれを頑なに否定して自分が捨てられたわけではないと信じようとするのが前半。観客側からはもはや無理筋なのは目に見えているのだが、それは諦めることに慣れ切った汚れた大人の感覚にすぎないし、「空気読んでくれよ」「わかってくれよ」となあなあで済ませたい事なかれ主義でもある。本人が自分で理解するまでのプロセスを、セシル・ドゥ・フランスのキャラを通じて映画は丹念に追う。


 取り戻した自転車で少年が街中を疾走するカットは、スピード感があってスリリングだ。自転車自体も鍵をかけないから(笑)、二回も盗られそうになるし、常に危うさと隣り合わせでいる。無駄に行動力と体力があって、得意技は噛みつきとハイパータックル、木登り。フランスで名前が「シリル」だから、なんとなく往年のK-1ファイター、悪童シリル・アビディを思い出したね。
 まだまったく善悪の判断もできないし、次なる危機はお決まりの非行コースだ。バカな売人の口車に簡単に乗せられ、あわや殺人を犯しそうになる(このシーンはバットの振りが甘くてよろしくなかった。もっとスイングしなきゃ!)。承認欲求が強いから耳に心地よい言葉に乗せられるわけだが、そこに至るまでの満たされなさを考えたい。


 怪我させられたり、恋人に切れられたり(僕か! その子か! だと。ちょっと恥ずかしくて言えない台詞だな〜)、示談金背負いこんだり、セシル・ドゥ・フランスはほんとに散々なのだが、それでも投げ出さない。損得で言うと何の得もないけれど、でもやるんだよ!


 なかなか素直になれないシリル君だが、示談が終わっても憎しみの連鎖は止まらない。待っていたのは死の危険、助けたのは単なる偶然だ。一見ぶつ切りのラストだが、とりあえずサヴァイヴし、少年は自転車に乗ってまた走り出した。未来はつながった。いくら頑張っても他人には何もしてやれないことも多いが、生き延びたことをまずは喜ぶべきだろう。

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