"イーストウッドが食べて、祈って、恋させちゃった!"『ヒアアフター』
元霊能者ながら、自らの力を呪い、名声を捨てて暮らすアメリカ人、ジョージ。東南アジアにおける大津波に巻き込まれ、臨死体験をしたフランス人ジャーナリスト、マリー。そして、いつも支え合ってきた双子の兄ジェイソンを事故で亡くした、イギリス人の少年マーカス。死後の世界をより身近に感じる三人の物語は、いつか交錯する。
皆さん、こんばんは。この映画についてお話する前に、一つ申し上げておきます。
「死後の世界は存在します」
作中でも「死んだら電気が消えて終わり」「永遠の暗闇」なんていう台詞が出てきますが、そんなことは自称現実主義者のたわごとです。人の痛みのわからない、無味乾燥とした輩の言うことを信じてはいけません。
死後の世界で、あなたの大切な人たちは、いつもあなたを見守っているのです。悪い人は改心していますし、負の感情は捨ててあなたの幸せを祈ってくれています。そこは何にでもなれる素晴らしい世界なのです。
信じていないあなたは、もしかしたらこの映画が、巨匠イーストウッド監督が「いかなる説得力をもって死後の世界を構築し、呈示してくれるか」に興味を持っているかもしれません。が、繰り返します。
「死後の世界は存在します」
信じない人を説得する必要などありません。なぜならそれは、そこにあるのですから。
考えてはいけません。感じましょう……!
こないだ『TSUNAMI』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20100930/1285842121)という映画を観たとこだが、いきなりあれを凌ぐ迫力でメガツナミヨォ!がビーチを直撃! 余計な(失礼!)溜めがない分、災害のスピーディさ、突然降って湧いてくる感覚がよく出ている。このシーンは怖かった。
ここで津波に流されたセシル・ドゥ・フランスが臨死体験! 臨死自体は、白い光の中に黒い人影がいっぱい立っている、陳腐なイメージ。
レポーターに復帰するが、事故のショックが抜け切れず、番組を失敗させる。
この体験を本にしようとするセシルだが、恋人のディレクターには「もっと休め」、出版社には「英語で書けば売れるんじゃない?」とバカ扱い。
臨死体験者は孤独なのだ!
一方、工事現場で働く傍ら、イタリア料理教室に通う元霊能者マット・デイモンは、教室でブライス・ダラス・ハワードと恋に落ちる。ここのハワード、好きじゃなければ単に痛い人寸前のはしゃぎよう。しかし、これは知らない土地に来た不安感の裏返しなのである。が、マット・デイモンの部屋に押し掛けたことで彼の霊能者としての過去を知ってしまった彼女は、好奇心から霊の召喚を迫る。嫌がるデイモンだが、しぶしぶ彼女の父の霊を呼び出し、虐待の過去を暴いてしまう。翌週から料理教室に現れなくなる彼女……。
霊能者は孤独なのだ!
その一方で、双子の兄を事故で亡くした少年もまた、死後の世界にいる兄を求め、霊能者を尋ね歩いている。
3つのエピソードが進行し、徐々にその距離を縮めていくのだが、正直、筋と言うほどの筋はないし、メインの題材であるはずの死後の世界については、エピソードの積み重ねがない。作中で死後の世界の存在は自明であり、主人公が霊能者と臨死体験者なので、それはすでに裏付けられているのである。え? そんなのほんとにあるの? と思った観客は置き去りにされ、マット・デイモンが目をつぶってぶつぶつと図星を言い当てるだけの召霊シーンを眺めることになる。
不信心者は、「くだらね〜、大霊界かよ」となるところだ。
だが、この退屈なストーリーを、イーストウッドは演出でわっせわっせと保たせている。冒頭のメガツナミヨォ!のシーンは元より、抑えに抑え抑えつつ抑え切った演出で、愛する者を失った者の心理を巧みに描く。
役者の表情のつけ方が、みんないいんだよねえ。子供のしょぼくれた感じとか、里親の人の困った感じとか……。上記のブライス・ダラス・ハワードもいいし。一番良かったのはメガツナミヨォ!で臨死体験してるセシルを、どこの誰とも知らないお兄ちゃんとおっちゃんが人工呼吸して助けようとするシーン。諦めかけたところで、死の淵から帰って息を吹き返す。カメラのピントはここはどこ?という顔をしてるセシルに合ってるのだが、ちょいとピンぼけしてる横のおっちゃんが、「助かって良かったなあ」という感じで、ほんとにいい笑顔をしてるのだよね。この細やかさは素晴らしい。
……ん〜、いやしかしね……。少年は気の毒なんだが……。本当に深刻なのは双子の兄弟と言う半身を失った少年だけで、他の大人二人は、出会うまでもなく立ち直ってしまうのだ。
臨死体験した女性レポーターは、出版社で「政治家についての本を書く」と言っときながら、やっぱり臨死体験の本を書き、「出版出来ない」と言われたら恋人に愚痴りまくる。で、ディレクターでもある彼に一回ぶち壊しにした現場に復帰を迫るが、すでに代役に場を奪われていたのだった。仕事がなくなって泣いてみせたりするが、イギリスの出版社から本が出版されたらさっそくサイン会など始めてしまう。
自らの力を「呪い」と呼び人を避けて孤独にしている霊能者は自分のことで悩んでるだけ。いや、そりゃ本人は大変なんだろうが、その大変さの表現が押し掛け召霊希望者と、金儲け主義の兄貴と、女に逃げられたことってのは、ちょっと描写として弱いんじゃないか。
で、結局彼は、たまたま来てた早期退職の話に乗っかり、退職金で憧れのロンドンへお出かけしてしまう。愛読してるディケンズの書斎を見に行ったり、朗読会に参加したり……。
なんか……ぬるいなあ……。物凄い葛藤を抱えてるはずの霊能者マット・デイモンなんだが、そこから立ち直ろうとするためにしたことは、ファンキーなイタリア料理教室に通い、女と付き合おうとし、あげくに旅をしてMY聖地の巡礼か……。
……あれ? なんか、この筋、聞いた事あるような……。
これって完全に、マット・デイモンの
『食べて、祈って、恋をして』
状態だよ!
うわあ、漢と崇めてきたクリント・イーストウッド監督の作品の感想で、まさかこのタイトルを出す事になるとは思わなかった!
作家の深町秋生氏のエクスペンダブルズ評(http://d.hatena.ne.jp/FUKAMACHI/20101017)で『真の男は食べて、祈って、恋などしない!!!』といういかした一節があり、僕は大いに感じ入っていたのだが、どうもそうでもなかったらしい。真の男イーストウッドも、食べて、祈って、恋をする! いや違うか、もはやイーストウッドは堕落した! 真の男ではない、ということなのか?
この朗読会に参加してる時のマット・デイモンがね……すごくステキな笑顔をしてるんですね。心底楽しそうで……。良かったねえ……え、でもこの人、なんか悩んでたんじゃなかったっけ……。やっぱり『食べて、祈って、恋をして』効果は絶大ですか?
そこまでなんとか我慢してたんだけど、さすがにラストの「恋をして」部分には失笑してしまった。いや、ぽかーんとなった直後、ほんとに声出して笑いかけた。マット・デイモンは霊の声は聞けるけど、予知能力者じゃないよね? 白昼堂々の妄想ですか? 死後の世界云々はしようがないとして、他のとこまで描写の積み重ね端折ったらダメだろ!
んん〜、さすがにイーストウッドも耄碌してきたんじゃないか……。スピやんと組んだのが良くなかったのか……。いや、もうおじいちゃんですからね……死後の世界も信じたいのかもしれない……。よくもまあ、こんな突っ込みどころ満載の適当な脚本で撮ったよなあ。いくら演出頑張っても、シビアなとこには一向に切り込まないストーリーではどうしようもないだろう。
クライマックスがないのにも驚き。笑いそうになった直後、カメラが引いていって「え? まさか……?」と思ったら、そのままエンドロールに突入した。もう完全に置いてけぼり。オチもなし。
スピリチュアルなムード優先の、年寄り向けの映画でした。無味乾燥たる現実主義者には、前提からして乗れない上に、その前提に立脚した設定までもがぬるいとはどういうことだ……。まあこれ一本で「晩節を汚す」とか言いたくないが、あまり無節操に雇われ仕事しない方がいいんでは……。
インビクタス / 負けざる者たち Blu-ray&DVDセット(初回限定生産)
- 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
- 発売日: 2010/07/14
- メディア: Blu-ray
- 購入: 6人 クリック: 32回
- この商品を含むブログ (71件) を見る
- 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
- 発売日: 2010/04/21
- メディア: Blu-ray
- 購入: 3人 クリック: 23回
- この商品を含むブログ (23件) を見る
TSUNAMI ?ツナミ? スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]
- 出版社/メーカー: パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
- 発売日: 2011/01/21
- メディア: DVD
- 購入: 1人 クリック: 36回
- この商品を含むブログ (15件) を見る