『ベスト・キッド』


 ご存知パット・モリタの伝説的シリーズのリメイク!


 デトロイトから北京へ、母の転勤と共に引っ越してきた12歳のドレ少年。しかし、学校でバイオリンを習う少女と仲良くなったのはいいが、カンフーを習う少年たちに目をつけられ、いじめを受けるようになってしまう。マンションの管理人ハンに助けられた彼は、彼に本物のクンフーを教わり、いじめっ子たちと武術大会で決着をつけることに……。


 オリジナルはテレビで見たはずだが……忘れた。だいたい、僕が小学生ぐらいの頃はすでにジャッキー・チェンが全盛で、『ベスト・キッド』以上に『酔拳』や『蛇拳』を放映してたわけでね……。


 親バカ共演映画『幸せのちから』で父親ウィル・スミスによってデビューさせられたジェイデン少年ですが、その息子を主役に据えてまたも親バカ企画! 『ベスト・キッド』リメイク! そして師匠役に、なんとジャッキー・チェンが起用される! いや〜、かつてオレの前で散々修行してたジャッキーが、ついに師匠役か……。しかしそれが正統派クンフーではなく、親バカ野郎からの雇われ仕事とは……。正直、全然期待が持てないでいた……。


 映画は2時間20分の長尺。当然、中国資本も入って観光映画としての側面もあり。これは相当だらだらしてるんじゃないか? との心配も。


 しかしながら、引っ越しから始まる冒頭、中国との生活習慣の違いをカード一つでさらりと表現。近所の白人も遊びに行ってる公園で、バスケと卓球、バイオリンとロボットダンスが交錯するあたりから、異文化の混在する世界観がわかりやすく描かれる。ダンスで中国人少女のハートをつかむも、近所のクソガキの鮮やかなカンフーに打ちのめされるジェイデン!
 ここで、僕は当然「わ〜、ウィル・スミスのガキ、ざま〜見ろ! メシウマ!」という気持ちが少しぐらいは湧いてくるか……と思ったのだが、まったくの誤算(笑)で、そんなことよりも異国に突然やって来てかくも理不尽な暴力を受けることへの痛みと哀しみが、ふつふつと沸き上がってきた……ジェイデン、かわいそう(涙)!
 親父はイケメンぶってうっとおしい野郎だが、息子はやはりそこまですれてないし(ところどころ父のコピー的匂いはするものの)、いかにもひ弱にみえる。そんな弱そうな彼が、一気にマイノリティに転落した状況にさらされ、これからどれだけ苦しい思いをするのか……?


 数日後、執拗ないじめっ子たちに泥水ぶっかけて報復したのはいいが、6人がかりで追いかけられ、自宅近くでついに捕まってしまう。しかし、痛めつけられていたジェイデンを、マンションの無口な管理人ことハンさん=ジャッキーが救うのだ。クソガキが強烈な蹴りをかまそうとするのをあっさり受け止め、6人に一撃も加えず無力化! ここらへんのアクションの構成が、いつものコミカルテイストこそ排されているものの、基本的なムーブはジャッキーそのもので、なおかつやや枯れて、よく言えば省エネ、悪く言えば動けないから最低限の動きで相手を制そうとしているような、今作のキャラクターにふさわしいものになっている。
 後から出てくるいじめっ子たちの師匠の、止めを刺すまで敵を打てという「誤った」教えと対比する形で、このハンというキャラクターのクンフーシーンも構成されているわけだ。
 ちなみに、このジャッキー登場の直前、6人組の1人リーダー格のクソガキに対し「ここまでやらなくていいんじゃないか」と止めようとするシーンもあり、中には良識的な者もいる、ということを匂わせる。これが後々の伏線になってるわけですな。


 さて、クソガキ他いじめっ子の師匠は……ユー・ロングァンじゃないかよう! これはジャッキーさんの人脈ですか? とにかく髪型が変なこのキャラですが、最近では『ニンジャアサシン』のショー・コスギを思わせるスパルタ野郎。倒れてても構わず攻撃させ、非情に徹せない弟子にはビンタ! あんなものはクンフーじゃない!と今や教える側になったジャッキー先生にも火がつく。


 ジャッキー先生は、ある出来事のせいで人との関わりを避けるようになり、過去に囚われて生きている。せっかく父に教わったクンフーも、人に授けることなく封印してきた。しかし、ジェイデン少年を助けるために初めて弟子を迎えたことで、そこに変化が生じる。弟子とともに、かつて自分が教わったクンフーの道を再び辿ることは、教えを授ける事と同様に、自らを取り戻す事にもつながっていたのだ。


 師は弟子に教え、また時として弟子から教わる。そういった師弟関係の妙味の表現を、かつて弟子役だったジャッキーが今や師匠役となってしている……それがなんでウィル・スミスのガキ相手なんだ……と冒頭で書いたが、もうそんなことは忘れよう。これはまさに映画史に残るシークエンスであり、長年のジャッキーファンが、一時期「ジャッキーっていつか撮影中に死ぬんじゃないか……?」と思っていた時期を乗り越え、「いつかユエン・シャオティンみたいな役やるんかな?」と思い描いていたその通りになった……その事実が嬉しいじゃないか!


 涙に暮れるジャッキー先生を、ジェイデンが竹の棒で修行に誘い出す。二本の棒の端をお互いが両手で持ち、「さあ、修行しよう」と言う風に、ジェイデンが腰を落として構えを取る……。立ちすくんでいたジャッキーも、やがてそれに応え、自らも構えを取る……!

 
 ジャッキーの構えた腰が、ちっさいジェイデンよりもさらに落ちているよ!


 うーむ、すごいぜジャッキー……! ここはほんとにすごい名シーンになった。先生は「勝ち負けは重要じゃない」と仰るのだが、ここでこういうシーンがあったことで、自己実現というレベルではもう完結してるんだよね。


 何か意味があるのかよくわからない万里の長城での訓練を経て、ついに大会に挑むジェイデン。ライバルのクソガキも相当に鍛錬を積んできたと思われるシャープさで、着々と勝ち上がる。対するジェイデンも、最初は緊張するものの徐々に実力を発揮し、上がって行く。


 最初はモンスター的に描かれていたいじめっ子のクソガキなんだが、ジャッキー先生の「教える者が悪いのだ」という台詞通り、この大会の最中、少しずつパーソナリティの変化が現れるんだよね。力と言う単純な価値観を信奉するがゆえに、一つ、また一つと勝ち抜いて行く過程で、同じ過程を進むジェイデン少年に対し、否応なく尊敬の念が沸き上がってきてしまう……。演技にちょっとした表情の変化がつけられていて、ここには思わず唸ってしまった。この展開があって、なおかつ先の良識派の少年が師に命ぜられるある行為があって、クライマックスが一層盛り上がるのである。そして、オリジナルにはないラストのある展開にもつながって……。


 元のプロットがしっかりした脚本であるがゆえなんだが、カラテをクンフーに置き換え、ジャッキー・チェンと言う稀代の偉人を迎え、本場中国の本格派キャストを結集させたことが、その本の力をさらに倍増させた感あり。


 まあ突っ込みどころも多々ある。万里の長城もそうだが、そんなとこでキスしたらまぶしいだろ! とか……大会がショーアップされすぎだろ!(『鉄拳』『DOA』に匹敵するレベル)とか、きりがない。
 でもそれらを超えて、人が人に何かを伝える(当然、人種を超えて)という普遍的なテーマを描いた本作は、親バカ映画と言うレッテルを吹き飛ばし(ごめんね!)、オリジナルにもジャッキーにも中国にもリスペクトを示して、奇跡的な好編になった。まことに素晴らしい。


 NG集はないのだが、エンドクレジットでオフショット的なスチールが挿入されていて、そこで撮影の合間におどけるジャッキーの姿も見られる。グッド!


 ……しかし……やっぱりそのオフショットにしゃしゃり出てくるウィル・スミスは余計だったかなあ……。


参考記事:今日からアメリカの子供はジャケットを脱ぐ『ベスト・キッド』 - くりごはんが嫌い
http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20100817/1282020253