『インセプション』


 『ダークナイト』に続く、クリストファー・ノーラン監督作。


 夢の中に入り込み、「アイデア」を盗み出す企業スパイ、コブ。サイトーという日本人会社社長の夢に入ったコブだが、罠にかけられ、彼のためにライバル企業を潰さねばならなくなる。取引の条件は、アメリカでの犯罪歴の抹消。
 社長が死に瀕しているライバル企業は、跡目を息子が継ぐことになっていた。今度の目的は、息子から「アイデア」を盗み出すことではなく、逆に会社を潰す「アイデア」を植え付ける(インセプション)することだった。夢の中に入れる多くの人間が、幾度も試みながら必ず失敗してきたインセプション。だが、コブにはやり遂げる自信と、絶対に成功させなければならない理由があったのだ……。


 「夢の中に入る」ってのは、誰でも思いつく「アイデア」だよね。それこそ、盗んでくる必要もないくらい。古今東西、夢オチの映画なんて珍しくもなんともない。『ファ○・ファタール』とか『ファム・○ァタール』とか『○ァム・ファタール』とか……(笑)。
 しかし、才人ノーラン監督は、練りに練った脚本と映像で、それを誰も観たことのない映画に仕立て上げてしまった。最近は『ダークナイト』のイメージばかり先行していたが、『メメント』の監督でもあったことをようやく思い出したよ。


 「夢の中」というと何でもありに思えるのだが、夢の中でアイデアを盗み出すためには標的に「夢である」ということを悟らせないことが必要で、それゆえに仕掛ける側が自らに縛りを入れなければならない、という設定が秀逸。観客は想像力の翼を広げながらも、作中のルールに従って、登場人物たちと共に創意工夫を凝らして行くことになる。
 今回も眉根を寄せて苦悩を剥き出しにするデカプーを主人公に、夢の中に入るチームが結成される。溢れる想像力で夢全体を設計するエレン・ペイジや、依頼者の立場でありながら見届け人として夢に入る渡辺謙。さらに硬派な相棒に、夢の中で姿を変える男、長時間の昏睡を実現させる薬を作る調合人。これらの人物配置が絶妙で、6人全員が協力し、それぞれのスキルをフル回転させて目的に向かって突き進む様が描かれる。
 そういった『スパイ大作戦』的な、チームでの戦いが見どころの一つ。


 そのチームに、これでもかこれでもか、とばかりに用意された苦難は「夢」と「現実」の交差するこの世界ならでは。幾多の状況が交差し、全員の才能を必死に振り絞ってもぎりぎりの綱渡りが続く。だが、その状況を招いた主人公には、どうしてもやり遂げなければならない理由がある。冒頭からちらつく、マリオン・コティヤール演ずる美しすぎる妻の影がその象徴だ。夢に入る「初心者」の役回りであるエレン・ペイジの視点から、「妻」の存在への疑問が提示され、やがてデカプーの真の目的が明らかになる。


 キャラクターの心理と、重層的に用意された現実と夢の交差点は、ぼんやり観ていてはついていけないぐらいに複雑だ。前半、やや説明的な台詞が続くので、その辺りを押さえておかないとしんどいかもしれない。だが、そこで基本ルールを飲み込んでおけば、「応用編」とでも言うべき本編の構成を堪能できることは間違いない。
 細部の作り込みが圧巻で、どこまで練り込んでいるのかと唖然とする。観ながら、「どんだけ凝り性なんだ! この監督はアホだ!」と戦慄さえ覚えたね。ややアクションシーンに不要な部分も感じられたが、これだけ複雑な構成にも関わらず、148分ほぼノンストップ。圧倒的なイマジネーションと映像美には高尚ささえ漂うが、なのにジェットコースタームービーでもあるのだ。


 複雑なミッションに挑む主人公たちに、いつしか我々観客も一体化し、二転三転する状況に一喜一憂する。
 ラストに漂うのは、心地よい疲労感と、「やり切った……!」という充足感だ。デカプーたちが夢に入ったのと同様、僕もまた映画の中に入り、ノーラン監督の「アイデア」に触れ、そして体験した。
 まさしく「映画体験」とでも呼ぶにふさわしい感覚であった。
 その感覚は、ラスト1秒まで続く。一瞬たりとも目が離せない。さらに、エンドロールにも工夫があるのだから、まったく驚きだ。
 きっとノーランや役者陣にとっても、精魂を傾けて「やり切った」作品だったのではないか。


 苦悩演技が板についたディカプリオも良いが、エレン・ペイジも相変わらず素晴らしい。探究心に満ち、恐れを知らぬ可能性に満ちた若者を、その輝きをそのままに嬉々として演じている。
 少々頭の固い相棒役をジョゼフ・ゴードン・レヴィット。『500日のサマー』を観ていないので、そのスチールでしか知らなかったのだが、一度観たら忘れない顔だったのだな……! 硬派かつスマートで、アクションも担当。夢の中で活躍するには頭が固い、と評されるキャラなのだが、いざと言う時はその生真面目さが逆に頼れる!
 夢の中に出没する妻のマリオン・コティヤールも、『パブリック・エネミーズ』で見せた生気そのものの表情を封印し、どこか非人間的な美貌をかいま見せる。なんか美人過ぎて怖いよ!
 バットマン組も続々登場、マイケル・ケインはまあこんなもんかという役だが、渡辺謙は大出世。事件の鍵を握るキーキャラクターだ。ちらりと映る、日本のシーンがまた良い。疾走する新幹線を収めた空からの映像には驚いた。まるでゴッサムシティだよ!というぐらいのスタイリッシュさ。
 誘拐される新社長のキリアン・マーフィも素晴らしい。『バットマン・ビギンズ』じゃあこの人のスケアクロウにぶっ飛んだからね。今回は、ちょっと儲け役だ。


 3Dなんて小手先のお遊びに過ぎないとさえ思える、怒濤の映像表現による「映画体験」を堪能。今年ベスト級の衝撃だった。何を置いても映画館で観ておくべき作品でもあるよ! 上映終わって大拍手したい気分になったのは、これが初めてじゃないか?

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