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”ヘッドライトの向こうに”『オン・ザ・ハイウェイ』


 ワンシチュエーション映画!


 建設会社で働くアイヴァン・ロックは、帰宅途中、車を不意にハイウェイに乗せロンドンへと向かう。明日朝に重大な工事を控えた仕事、サッカーの試合を観戦するために彼を待ちわびている妻子を置いて向かう先、それはかつて関係を持った女が、出産のために入院している病院だった。車内で部下や妻に矢継ぎ早に電話するアイヴァンだが……。


 車の中から全てを撮った映画、と言うと近年ではポール・ウォーカーの『逃走車』というのがありましたね。割りかしややこしくサスペンスしてて、それゆえに無理もあるな、という印象でしたが、今作は取り立てて事件は起きず、車の中から電話するトム・ハーディの台詞のみで全ての事態が説明される。
 代表作が『ワイスピ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150510/1431257965)のポールが『逃走車』、『マッドマックス』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150630/1435663717)のトムハが『オン・ザ・ハイウェイ』ということで、共に別の自動車映画に出てるところが面白いですね。


 さて、主人公は子供が生まれるということで、一路、地元からロンドンへとハイウェイを車で飛ばす男。その途中で電話をかけ、抜け出してきた職場に指示して巨大土木工事の引き継ぎをしつつ、家に電話して妻子に今日は帰れないと伝える……ん? 実は生まれる子供というのは、浮気相手の子供なのでしたあ! 部下は泣き言を漏らし、上司はカンカン、すでに首は覚悟だが、指示して工事だけはやり遂げたい。一見ご立派なことに聞こえるが、自己満足の世界だわな。
 出産を控えて不安な浮気相手のために病院に駆けつけ、将来は子供の認知を考えている……これも一見誠実に思えるが、看護師に「パートナーの方ですか?」と聞かれて「違います、子供の父親です」と頑なに言い張り、妻には「ワイン二本の勢いで、40歳の寂しい女に同情したんだ」と言ってのける……アウト! 完全にアウト!


 前夜までは重要工事で責任ある立場を任され、妻子とサッカーを見る約束をしていた良き夫、良き父であったはずの男が、過去の浮気が明るみに出たことで転落していく……この筋書きだけはよくある代物なのだが、それを車中の会話劇だけですべて見せようという構成がユニークで、なおかつ車からの電話だけですべての問題を解決しようとする男の無責任さと傲慢さの表現にもなっている。


 こういう時こそ「前向き」になるんだ! と言う主人公だが、いや、悪いのは君でしょ……。誰も座っていない後部座席に向かって語りかけるシーンは、心の中の「父親」に対してしゃべっているのだが、「俺はあんたとは違う! ちゃんと仕事もやり遂げるし子供も認知するし妻とも話し合って……」って、まあつぶさに比較対照すればましなのかもしれないが、自慢できるようなことでもないわな。
 なかなかこのあたり、追い詰められた人間がどういう理屈で自己弁護を計るかがよく描かれていて面白い。何でもかんでも守りたいけれど、割合優先順位がはっきりしてて、認知→仕事→妻子の順番になってるんだから、そりゃあ奥さんは激怒するわな。で、「怒ってばかりで、前向きに建設的な話をさせない」という「女は感情的。俺は冷静」みたいなよくあるメソッドを発露、これもアウト!


 車は移動しているけれど、要は密室劇のようで、話が進めば進むほど、車から見えるハイウェイ周囲の光景はぼやけ、主人公の残された世界は車だけになっていく。仕事はクビ、妻には追い出され、残ったのはこの車の中の男一匹だけ。ようやく高速を降りた先、目的地を指し示す標識がいやにクリアに見える。それこそが残った進むべき道だ。主人公のキャラはまったくダメな男なんだけど、そこを描いた描写の手つきは面白い映画でありました。


 主人公の息子がテレビでサッカー観戦をしているのだが、電話で揉めている両親の不穏な気配にやがて気づく。試合は勝利に終わったが、電話口の向こうの父は気もそぞろで、ついに母と決定的な破局を迎える。それを薄々感じ取ってか、息子が言う、


「いい考えがある。録画してあるから、帰ってきたら、試合を結果を知らないふりをしてもう一度観よう」


という台詞が痛々しい。そう、全ては知らなかったことにもなかったことにも出来ない。一度起きたこと、知ってしまったことは決して元には戻せないのだ。浮気した事実は決して消えず、俺がメイウェザーvsパッキャオの結果をネタバレされたという事実を、決して忘れられないのと同じようにだ……!

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