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”光より確かに”『岸辺の旅』

映画


 黒沢清最新作!


 三年前に失踪した夫の優介が突然帰ってくる。だが、彼はすでに死者だった。連れ出された瑞希は三年の間、彼が死者として過ごした街々を回る。そこで見たのは、生前とはまるで違う夫の姿だった。


 『リアル』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130613/1371120939)以来の長編作。マエアツ? しらんしらん。予告編を観たら「夫婦の絆」を描いた感動作みたいなんだが、実際に観たら完全にホラーだったよ! カナザワ映画祭2015の田舎ホラーの文脈にもちょっとつながりそうな……。原作の湯本香津美は『夏の庭』だけ読んでいたけど、内容はおじいちゃんと少年たちの心のふれあいという体裁ながら、これって『ゴールデン・ボーイ』プラス『スタンド・バイ・ミー』じゃないの?と思っていたので、今作のガチな幽霊譚っぷりからすると、やっぱり彼女はスティーブン・キングフォロワーだったんだろうか。


 冒頭、ピアノ教師やってる深津絵里、生徒の母親に「先生ってテンポ遅いですよね〜」と言われるのだが、これは夫が行方不明になって以降、やや浮世離れしてしまっている、という演出。実は深っちゃんもすでに死んでいたんだ!というオチはありませんから。夜に白玉ぜんざいを作ってると、旦那こと浅野忠信が帰ってくる! 土足で!
 白玉を食べながら、鬱病で海に飛び込んじゃって……みたいなことをぼそぼそ語る世界のタダノビー。このあたりの撮り方からして黒沢清節なんだが、怖い、驚かせるカメラワークじゃなくて、そこに出てきてほしいという期待感がこもるような動き……。一度映して誰もいなかった場所にもう一度カメラが戻るとそこに、彼はいる……。


 彼の誘いで夫婦で旅に出る二人。もう燃やしちゃったから免許ないよ〜と言うタダノビー。死後もあちこちを渡り歩いていろんな場所で世話になってきたので、そこを順番に回っていくことになる。
 最初に古い新聞配達業者さんのところに泊まり……ここは完全にオチまで怪談でぎょえっとなるところ。
 続いて餃子屋に来たら思わず深っちゃん、「あの店主夫婦も死んでるんじゃないの?」と口走ってしまうのだが、あっさり否定。しかしここにも別の死者が……。


 回る先々で死者と生者の関わりを目の当たりにし、二人もまたお互いの関係にそれを重ね合わせる……という、連作短編のような構図に。死後にタダノビーの浮気に気づいていた深っちゃん、不満をぶちまけてバスを降りると、タダノビー消失! 『ゴーストワールド』ではバスはあの世へ向かうものだったが、旅そのものが少しずつ死に近づいていくようなそんな感覚もあり。


 夫がかつて勤めていた病院に行って浮気相手の看護師・蒼井優に会いに行く深っちゃんであったが、腹いせのように「彼は生きてます」「彼を理解できています」と全然実態に即していないことをぶち上げたものの、「もう死んでればいいと思います」「私も結婚したんで」と、全てを見透かされたようにカウンター返されて完全KO負け。黒井優の笑みに己の空疎さを突きつけられて打ちひしがれて帰る深津絵里、再び家に帰って白玉を作り、忠信を召喚。
 結局のところ夫が帰ってくるのは自分のところである、のは間違いないのだが、そこを完全に拠り所にもし切れない。なんとも曖昧な距離感だが、最初に戻ってきた時よりは明らかに縮まっている。


 そんなこんなで「女」としては完敗なんだけど、それで必ずしも「妻」としては負けるわけじゃない。が、そういう、夫婦関係の生臭いところにも踏み込むんだけれど、そこを深津絵里の童女のような存在感で中和するあたり、さらっとやっているけれど結構あざとい感じもしましたね。時々入る割烹着姿とかの「日本の嫁」描写にはいささか辟易したし、これは原作の臭みで、こういうのの映画化が好まれるのが邦画業界なのかな、とも思う。
 が、そういう「日本の夫婦、家庭」モデルにこの映画が収まっているかというとまったくそうではなく、夫婦愛見に来た年配の観客はさぞ戸惑ったろうな……。最後に回った村ではどんどん異様さが増してきて、忠信と同じく妻を連れ回している夫が登場。もう消滅寸前で「人間ではないもの」に変わりつつあり……って、『リアル』のフィロソフィカル・ゾンビじゃないですか……。当然、これは主人公たちの行く末も暗示している。果たして動きがにぶくなってくるタダノビー。村では「先生」と慕われて、集会所みたいなところで謎の講義をやっているのだが、どういう需要があって何のためにこの話をしてるのか、わかるようでわからないところが不気味だ……!


 おじいちゃんおばあちゃんが詰めかけそうな邦画の要素をしっかり満たしながら、内容はいつもの黒沢清節というナイスな映画で、結局いまいちヒットはしないという安定感も素晴らしい。結果として気持ち良さではない、夫婦関係のやるせなさ、割り切れなさ、やがて必ず来る別れにまでつなげて終わるあたりの手際も見事なものであるが……。

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