“まだ始まってもいねえよ”『スリー・ビルボード』


『スリー・ビルボード』予告編 | Three Billboards Outside Ebbing, Missouri Trailer

 アカデミー賞最有力!?

 ミズーリ州の寂れた道路に放置されていた三枚の看板。そこに不意に貼り出された広告は、地元の警察と署長の犯罪捜査への怠慢を糾弾するものだった。7ヶ月前、娘を暴行されて殺されたミルドレッドが広告主であり、警察署長のウィロビーは困惑、彼を慕う部下や街の人間は腹を立てるのだが……。

 えー、結局アカデミー賞作品賞は取れず。マーティン・マクドナー監督作は初見だが、監督賞ノミネートがなかったのが響いたか? 主演女優賞助演男優賞は獲得。

 表題の三枚看板のシーンが本当に素晴らしくて、表側、裏側問わず、平凡のようでいて今まで見たことのないビジュアル。これだけ明確にさらりと表現してしまうのに驚かされる。三枚の看板の距離感も絶妙で、歩くと遠いが車だとすぐなのな。こうして三枚の看板を通り過ぎる時間の間隔までが染み込んでくるようで、圧倒的なオリジナリティですよ。
 改修前の姿、メッセージが出た後、燃やされた後と再び貼り出された後……次々と姿を変えていき、まさに今作の主役としての存在感を見せている。

 ありふれたアメリカの田舎を舞台に、不条理に対して声をあげることによって巻き起こる軋轢と、その中での人間模様と感情のもつれを描き出す。仕掛人であるフランシス・マクドーマンド演ずる主人公は、ステレオタイプな「可哀想な母親」像に決して留まらず、だからこそ決して泣き寝入りもしない。
 告発される警官側の二人、ウディ・ハレルソン署長とサム・ロックウェルの二人は、当初は「物分かりは良く見えるが何もしない人」や「横暴の権化」に見える。だが、物語が進みバックボーンが明らかになるに連れて立ち位置も変わっていく。

 最近、『ゲット・アウト』や『ツイン・ピークス』新作などで貧乏くさいキャラばかりやっていたケイレブ・ランドリー・ジョーンズなどが広告会社の人としてすごくいいキャラクターになっていて、彼とサム・ロックウェルの絡むシーンはすべて必見ですね。また窓から放り出すシーンの臨場感も良くて、ここはワンカットだけど敷いてたマットを急いで片付けたりして昔ながらのやり方で撮ってるんではないか。

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 サム・ロックウェルは隠れゲイと思しき警官役で、まあ大変横暴で賢くもなさそうで、前半大変嫌な野郎なのだが、ぼんやりと裏の面がほの見えてくるあたりから俄然存在感が増してくる。この彼のハレルソン署長の慕いっぷりが涙ぐましく、またケイレブやディンクレイジさん、マクドーマンドさんへの横暴が嫌らしいが、これら全て同じ人間の一面であり、その曖昧さ、白黒のつかなさこそがリアルなわけだね。曖昧なようで、その場その場の感情はかなり明確にわかりやすく表現されている。矛盾するけれどそのどちらもが真実である、ということ。
 ただまあ、メインキャラの両面を描き、どのキャラにも真摯に寄り添った分、得体の知れない曖昧模糊さは描かれないので、田舎映画としては物足りない。妙にわかりやすく出来すぎにも感じられる。よく出来た脚本だが、この良さこそがマイナスかも……。
 海外ドラマなど見ていると、10話500分で何シーズンもやりながら、キャラクターの心情の変化や裏の面を描く濃密さに驚くのだが、今作はそれを120分に凝縮した感もありですね。それほどの巧みさと完成度。

 で、ラストの放りっぱなし感が、ここから先もまだまだドラマは続くんだ、と匂わせるから、余計に世界観が広がった。まだ旅は始まってもいないのだ……。