”君はここにいた”『ダゲレオタイプの女』


黒沢清監督 海外初進出作品/映画『ダゲレオタイプの女』特報

 黒沢清監督作。

 銀板写真家ステファンの助手になったジャンは、その不可思議な世界に惹かれるとともに、モデルを務めるステファンの娘マリーと恋に落ちていく。同じくモデルを長期間務め、自殺したというマリーの母ドゥニーズの気配が色濃く残る屋敷で、二人はやがてステファンの支配からの脱出を企てるのだが……。

 まだ『クリーピー』も記憶に新しいところですが、こちらも黒沢清。時系列的には少し前に撮ってるのかな? 全編フランスでの撮影、キャストもスタッフも全員海外勢とのことで、ヨーロッパでも人気の高い監督ならではだな……。

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 しかしながら、やっていることはいつも通りで、まあ問題の家に入った瞬間の不穏さがただ事じゃないですね。『岸辺の旅』でもあった幽霊と生身の人間の関わりが物語のベースになりつつ、相容れないはずの二つの物が交わる瞬間を描く。
 事前番組見てたら監督が「生と死の境目がなくなる感じ……わかる?」と主演の人に聞いたら「わかります」と言われ、「えっ、わかるの?」「聖闘士星矢のセブン・センシズですよね」と答えられて目を白黒させてしまった……というエピソードを語っていた。こりゃ大丈夫なのか、と思ったが、主演のタハール・ラヒムさんはさすがの情感、別に役者がわかっていようがわかっていなかろうが演出で見せるのが黒沢清だと思うが、そこはきちっとムードを出してくれましたね。
 いや、大切なものがすでになくなってしまっていると薄々感づきつつ、でも認めたくないあの感じね……。『岸辺の旅』のタダノビー夫と同じく、まるで生身のようにリアルに感じられ、触れ合えさえするのだけれど、でもそれは生きているのとはやはりまったく違うのだ。そういった状況を呼び起こす触媒が「ダゲレオタイプ」であり、それを撮り続ける芸術家の狂気なのだな。

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 主人公が練習で撮ろうとすると、写真家が「身分をわきまえろ、ボケが」みたいなことを言ってやめさせるのだが、実に宗教的と言うか、選ばれし神官でなければ触れてはならぬ「穢れ」がそこにあるようで面白い。それもまた写真家の独善であるわけだが……。
 中学ぐらいまでは同級生に必ず「写真を撮られると魂が抜かれる!」なんて言う奴がいて、ああアホなんだな……と思ったものだが、タイトルの「ダゲレオタイプ」の銀板写真は、それもあながち与太ではないと思わせる説得力に満ち溢れていて、なるほど、これならば人の魂の一欠片を現世に永遠に焼き付けるのではないか、と思わせる。

 意外に写真を撮るシーンは少なく、前半に集中しているため、少々拍子抜けした感はあるが、後半は銀板写真によって呼び覚まされたものを中心に描くことになる。
 黒沢清映画、『クリーピー』の「まだまだ行くぞ〜!」などでもそうなのだが、台詞回しが面白いんだけれど時々狙いすぎで上滑りしていたり、説明的すぎるように感じる時があったのだが、今作は何せフランス語なのでヒアリングできず、字幕というワンクッションを挟んでいるだけに、かえって演技や演出に集中して観られたところ。いやあ、浸れるな……。
 待っているのは当然、悲しい結末だが、死者との関係もまた生きている人間次第である、ということなのだな……。取り殺されるしかなかった父と、つかの間でも幸せな時間を得られた主人公と……。
 長続きしない、いずれ消えるとわかっていながら、それでもずっと側にいたい、ずっと見ていたい………という主人公の気持ちと、その時まさに映画のラストシーンを見ている自分の終わってほしくない気持ちが重なったな。温室で「カリスマだ!」、お母さんに「回路だ!」、車が事故ったところで「岸辺の旅だあ!」と毎度大騒ぎしつつ、最後にまた違ったところに連れて行ってもらったような感覚。最後の「旅」は、いつものクロマキー合成の異界へ渡るのではなく、ほんの束の間だけ幸福を味わえる世界へ行けたような……。ただしそれも、静謐にそびえ立って見えるエッフェル塔に象徴される、幸福ではあるけれど他人は存在しない、幻の世界なのかもしれないね。
 いつもの黒沢清なんだけど、非常にスマートで、おフランス力も感じさせる映画でありました。銘品!

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