”その壁を超えた時”『ブリッジ・オブ・スパイ』


映画『ブリッジ・オブ・スパイ』予告A(トム・ハンクス×スピルバーグ監督コメント付き)

 スピルバーグ監督作!

 冷戦下のアメリカ、実直な弁護士ドノヴァンは、ソ連のスパイの弁護を引き受けることになる。死刑を回避しようと奔走する彼の前に立ちはだかる様々な妨害と、ひたすらロシア人を憎む市民の目……。非国民扱いされながら、辛うじて弁護を続けていたドノヴァンだが……。

 『リンカーン』に続き、実話ベースの社会派もの。すっかりおなじみとなったトム・ハンクスとのコンビということで、良く言えば安定感あり、悪く言えば食傷気味。とはいえ、せっかく大真面目なテーマに取り組んでいるんだし、やはり見ておくべきか……。

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 逮捕されたロシア人スパイの弁護人となるのがトム・ハンクス。家族を持ち、一見平凡げに見える男だが、強い意志と行動力を備えた人物。まあ大まかな基本ラインはありきたりなものだが、今回は弁護士役ということで憲法や人権に強いこだわりを見せていく役どころ。

 前半、法廷ものだが、こちらはあくまで前段で、少々食い足りないぐらい。法廷シーンを描く余裕もなく食いさがる余地なくささっと判決が出てしまう。この拙速さが、問題の根深さを表現しているわけだが。
捕まったスパイの人は決してオーバーなアクションを見せない人で、いつも淡々としている。まあ自分も精一杯やったし、この国じゃそりゃ死刑だろ、と諦め顔。熱い男トム・ハンクスはちょっぴりそれがもどかしい。
 ここからが交渉のプロの本領発揮で、死刑を回避するため、「いざ我が国のスパイが捕虜になった時の交換用に切り札として残しておくべきだ!」と主張。なかなかの超論理にも聞こえるが、冷戦下の緊迫感は一定の説得力を与え、これを通してしまうことに。

 折しも、ソ連領空を飛んでいた米軍の偵察機が墜落し……。法廷シーンと並行してちょいちょい「米兵の心構え」「自決のススメ」などが語られてきていて、この結末を予期させている。大日本帝国のみならず戦争のメカニズムは必ず「お国のために」を植え付けるのだな。有人の実機という点は違うのだがこのシーン、『ドローン・オブ・ウォー』の訓練シーンと酷似しているのも恐ろしい。時代は変わっておらんよ……。

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 今度は交渉役に任命されたトム・ハンクス、ろくな支援もない五里霧中の東ドイツで孤軍奮闘。不平はあるけどそれでもやり抜く男の人間力……。まあこのあたり安定のトム・ハンクス力で、既視感もあるのだが、名匠ヤヌス・カミンスキーの撮る寒々とした東ベルリンの風景が存在感を増してきて、ともすればそのトム・ハンクス力さえも飲み込みそう。
 その中で時々、いつものシュールなギャグを入れずにおれないところもまたスピルバーグ。大使館の偽妻子の辺りは狙ったギャグだが、コートを取られて風邪ひいたシーンが笑える。そしてギャグと同じリズム感で、ベルリンの壁における銃撃を衝撃的に見せるあたり上手すぎ。

 スパイ役を演じたマーク・ライランスの感情を抑制した雰囲気も良くて、表面上は「熱さ」を感じさせないところがまたいい。トム・ハンクス弁護士は、非国民扱いされて脅迫や暴力にさらされるが、仮に英雄扱いされたとしても、それは同じ「熱狂」に過ぎないのだな。真の仕事は地味で報われないもので、先走った感情がすべてではない。その価値観を共有した二人、だったような気がするね。
 ラスト、ようやく帰宅した弁護士への彼の家族の眼差しが、彼の求めた穏やかさの象徴であるのかもしれない。

 しかし某ラジオでマッチーが、この弁護士の活躍と、先立っての日韓合意を同列に並べちゃうのには少々唖然としちゃったなあ。市井の人が個人の立場で個人の権利や法を守ること、尊重しあうことが平和につながるという今作の考え方と、国同士の手打ちを一緒にしちゃうかね? この場合、スパイは切り捨てられちゃうんじゃないかね?