”私の愛したのは"『ハーモニー』(ネタバレ)
伊藤計劃原作のアニメ。
「大災禍」によって人口が減少し、超高度医療社会となった日本。その社会でかつて親友であったミァハとともに自殺を図ったトァンは、今や平和維持活動に従事する監察官となっていた。だが、もう一人の「自殺仲間」だったキァンが目の前で自殺したことに、かつての父の研究の影、そして死んだはずのミァハの存在を感じる。半ば独断で捜査を始めるトァンだったが……。
観なかった『屍者の帝国』は散々な出来だったらしいが、これはそれに比べると随分ましだったんじゃないか。複雑な設定だが、一応、全体の流れもテーマもわかりやすいし、後から読んだら筋はかなり原作に忠実に作ってある。
しかし、ビジュアルはびっくりするほど魅力がなく、美麗でもなければ動きもしない。高度に均質化された社会で、日本人の体型や行動様式もあらかじめ決定され、似通ってきている……ということだが、キャラクターの平板さはかなり苦しい。
序盤の取ってつけたようなアクションシーンもまったく迫力がないのだが、原作にもちゃんとあるシーンなのな。とにかく筋だけは原作の流れをきっちり押さえているので、削るということはありえなかったのか……。
終盤の「羊」に至ってはかなりデフォルメされた印象で、もうこの辺では力尽きていたのかな……。
そこをフォローせんとしたか、声優はかなり頑張っていて、特に御冷ミァハ役の上田麗奈は後から原作読んでてもこの声でガンガン再生される。声や抑揚のつけ方が絶妙で、嫌な感じで耳に残りますよ。まだキャリア浅いけど、これから出てくるかな。トァン役の沢城みゆきさんのスレちゃって硬質になったイメージと対照的なのもいいですね。
しかしこの子の声のイメージが強いので、相対的に他が霞んでしまった感もあり。原作からの改変として、主人公のトァンとキアン、トァンと父親の関係が深く掘り下げられず、ミァハとの関係が濃厚になったのは、そのあたりも関係ありか。長年会わなかった友達、長年会わなかった父親への心情の過去と現在というのは、小説ならばその微妙なニュアンスを書き込めるけれど、映像で描き切るのは難しいという判断かな。
そんなこんなで性的なニュアンスが強化されて、一気に百合要素が倍増しておる。結果としてキァンは空気になり、親父は物語の進行役というだけになり……。ただまあ、ミァハの手によって世界が「調和」に包まれる寸前、主人公の取る行動こそが肝なので、ウエイトの置き所が違うというだけで、この改変もありはありだと思う。
精液と鉄によって生まれ、押しつけの秩序の中で育った、本人さえもが望まない「意識」だったとしても、その彼女をこそ愛していた。だから、その彼女が無くなる前に自分の手で殺す……というのは、なんとも矛盾だらけのようで、だけど気持ちはわかる……。なんとなく山田風太郎『外道忍法帖』のラストを思い出したよ。
「しかし、じぶんの愛していたのは、ミァハであったのか、ミァハの意識であったのか」
『心が叫びたがってるんだ。』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20151130/1448895337)を『ブレックファスト・クラブ』とするなら、『ハーモニー』は『ヘザース』である、と言えるんじゃないか。前者を「学園祭映画」とするなら、後者はそのグループにまったくなじめない者の集まった「帰宅部映画」とでも申しますか。どちらも青春なんですよ……ということで、同日に観たのも手伝ってなかなか楽しめました。

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