"ただ一歩ずつ"『明日へ』(ネタバレあり)
韓国の社会派映画!
「ザ・マート」で働くレジ係のソニ。入社5年目にして、正社員への登用が決まる。それはサービス残業を始め、会社の命に従順に従ってきた結果だった。だが、昇進を目前に控えたある日、会社は業務の外部委託のため、契約社員たちの解雇を断行する。法的にも不当な解雇に、女性従業員たちは団結して組合を作るのだが……。
雇用契約にまつわる映画と言えば、今年は『サンドラの週末』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150621/1434883401)を観たばかり。あちらはワンマンの小企業の話だったが、今作はそこそこ以上に規模の大きいチェーン店のスーパーマーケット。たぶん大企業の部類に入るかな。主人公のヨム・ジョンアさんは契約社員だったが、失点のない勤務を続けサービス残業も黙々とこなし、正社員への昇格を果たすことになる。が、その発表の直後に本社がリストラを断行。彼女を含めた非正規雇用のスタッフは全員が解雇されることに。背景には、その当時、非正規労働者を保護する法律の成立が迫っていたことがある。
本邦のブラック企業を扱った本を何冊か読んだが、見事なまでに手口が同じなのな。契約を無視した長時間労働はもとより、権限のないはずの非正規契約のスタッフへ過剰な責任を負わせるあたりは常套手段。クレーム対応の下りで上が責任を負わないあたり、そういう体質が蔓延していることが見て取れる。
結局は新自由主義、グローバル資本主義の産物なので、日本であろうが韓国であろうが大した違いはなく、リストラにおいても同じ手法が繰り返される。日頃は法を逸脱しても「使い倒す」ことを希求し、「利益」「効率」に沿わないとなると、すぐに切り捨てに走る。組合員に対しては嫌がらせを常習化し、これまた法の義務である交渉を行わず、訴訟や賠償をちらつかせる。人質に取っているのは、従業員の「生活」だ。雇用状況が厳しくなると企業側のハンドリングする力はいや増しになり、目先の給料と日々の生活に追われる従業員は、横暴があっても服従させられる。
日頃から従順だったヨム・ジョンアさんが「裏切られ」、もう一方の主人公であるとも言えるムン・ジョンヒは起こり得ることがまた起きた、と思っている。彼女にはかつて正社員でありながら妊娠を理由にクビを切られた過去があり、企業の体質を骨身に沁みて知っている。映画は二人の心情の変化を中心に、多様な立場のキャラクターを登場させる。正社員や、主人公の高校生の子供、生活保護を受けるその同級生。立場は違えど、雇用契約がないがしろにされる状況が、彼らすべて、ひいてはこの社会に生きる人々に不利益を与えているという問題を投げかける。
しかし、アイドルの映画初出演ということで、息子のパートがちょっと長かったような気がしたがな……。もちろん、彼が大人になっていく過程を描き、初めて自らお金を稼ぐことの重みを知り、母親との絆を固めるところはいいエピソードなんだが。彼は一回もテントに行ってないし、メインビジュアルの集合写真に混じってるのはやり過ぎ。
若手キャラで混じってる『ハン・ゴンジュ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150412/1428787865)のチョン・ウヒは良かった。やっと歳相応の役(笑)。
交渉が行われずストが決行されるが、それも暴力で排除される。司法の判断がようやく下されるのは数ヶ月先。しかしここでもまだ、企業側は法の隙間を突いて執拗に利益の確保を狙い続ける。司法判断は何ら即効性を持たず、新たな違反にはまたタイムラグが生まれる。そして、それに対する抗議行動だけが取り締まられ、機動隊による暴力にさらされる……。
「ジリ貧」という言葉がぴったりくるのだが、権力も資金もなく労働さえ奪われた主人公たちにはあまりにもリソースが足りず、映画が進めば進むほど追い詰められていく。状況はどんどん悪化し、ストーリー的にここからひっくり返すには、何か大きな逆転の一撃が必要……なんだけど、そんなものは何もない! 遠山の金さんみたくお裁きしてくれる人もおらず、奇跡的なことなんて一つも起きない。もはや打つ手がなくなったように見えても、できることはいつものスト、座り込み、言葉での訴えだけ……。同じことの繰り返しに対し、相手はいくらでも卑劣さを増してくる。それがこの国、この社会、この世界の現実だ……。
韓国の社会派映画もそうだが、ここでは『チョコレートドーナツ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20140525/1401018063)のあの台詞を思い出す。
「正義なんてないって教わらなかったか? ……それでも闘うんだ」
ラストで、座り込みを再開した組合員たちを排除しようとした機動隊が、とうとう放水を開始する。『トガニ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120826/1345874382)なんかでもそうだったが、この消火栓使った放水というのは実に暴力的で、火器じゃないというだけですごい飛び道具。これを持ち出されたら、丸腰の市民は敵しようがない。繰り出す度に味方が葬られ続けてきた、ラスボスの必殺技。韓国における現実のニュースでもつい先日、重体者が出たばかり。
今作でもこれが始まった瞬間、「ああ……やられた……もうだめだ……」と絶望的な気持ちになったのだが、なんとそれを真正面から押し返したから度肝を抜かれた。しかもスーパー店員らしくカートで、主役級二人の合体技でだよ! 少年漫画において、完全な負けフラグを叩き折ってついに反撃を開始したかのようなカタルシスを感じてしまった。
テロップで語られる苦い結末も含め、非正規雇用化の進む日本でも他人事としては観られない映画でもありますよ。
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