”究極の美食家への究極の復讐”『ステーキ・レボリューション』

 世界一の肉を探せ!

 一番美味いステーキ肉はどこにあるか?を探すフランスのドキュメンタリー映画。フランスのステーキがまずい!というところから幕は開ける。ダイエットブームでやたらと赤身肉が賞賛され、流通しているものもそればかりになってしまい、旨味エキスの詰まった脂身のある肉が市場から姿を消してしまった。畜産の技術の遅れも目立っているし、フランスの牛は筋肉質で身が硬くなりすぎている……などなど、しばし地元disが続く。
 だいたい、ステーキ肉にいくら脂肪があるからって、焼いたらだいたい溶けるんだし、それでも残る脂身は皿に残したっていい。ステーキ一枚の脂身は全体の7%ぐらいだから、健康にそんな影響があるわけないではないか、と脂身擁護が頂点に達したところでいよいよ世界に出発。


 さあ、世界に美味い肉を探しに行こう! ということで、まずは南米へ……。映画は世界一美味い肉ランキングベスト10を選ぶ、というものなのだが、回った順に進行してランキングはあとからつけたものなので、先に6位を発表してから9位という風に、順不同になっている。


 南米からアメリカ、オーストラリア、日本を経て北欧、そして再びヨーロッパへ……。それぞれの詳細は省くが、あちこちの牧場主の言ってることはそれぞれ微妙に違う。純血種にこだわっていたり、飼料に穀物を使ったり……。大量に出荷しているところと少数を作っているところでも育て方はまるで違う。理想はこうだけど、コストや地理的な影響で難しいというところもあるが、あちこち回っていると少しずつ傾向が見えてくる。


 穀物は安くて栄養価が高いが、それは早く脂肪をたくさんつけさせて大きくして、とにかく出荷を早めるためのものである。本当に美味しいのは草を食べている牛。草を食べている牛は風味が違う。舌ではなく、その裏、歯の噛み合わせのあたりで感じる風味があるんだ……。
 美味さを感じさせるのは脂身なのだが、あまり牛が運動しすぎて筋肉が発達してもだめ。マッサージしながらのんびり育てて自然に脂肪をつけるのがいい。
 1970年代からどの国でも大量生産が主流だったが、美味さを追求するならば時代遅れ。本当に美味い牛は少数で育てなければいけない。もちろん値段は上がるが、高品質を目指すならば当然のこと。これからは美味しい肉を少しだけ食べることが主流になるべき。
 などなど……。実践し切れているかはともかくとして、理想としてこういうことが浮かび上がってくる。大量生産の総本山アメリカでさえも、少数だがこういう取り組みをしている牧場があり、各国で美味しい肉を作るべくステーキ革命が進行している、というのだ。


 あちこち回って、我らが日本。神戸牛に、その上をいく松坂牛。これが全体のランキングでは第3位。松坂牛はメスのみ、交配した牛は使わず処女牛のみ。土地が狭いので囲いで飼育されているが、クラシックをかけてリラックスさせている。餌は糖質の多い穀物中心。
 「牛にマッサージはしてますか?」と聞かれた牧場主、「やってるって謳ってるとこもあるけど、実際は頭数多すぎるからね……そんなのやってるとこないよ(苦笑)」。
 北欧の方では、密輸された和牛の精子が回り回ってきたのを飼育している牧場があり、同じ品種をまったく違う育て方をしていたりして面白い。


 他に印象的だったのは、屠畜の際に牛に緊張を強いると肉が硬くなりまずくなる、ということや、乳牛に転用されていた品種を再び肉牛として改良している国があるというエピソード。
 非常に真面目なドキュメンタリー映画なのだが、合間合間に美味そうなステーキがジューッ! 観てるだけで腹が減りますよ。焼き方も千差万別。


 さて、結局、どこの肉が一番美味いんだ、となってたどり着いたのがスペイン、ルビア・ガレガ牛。牧場主のおじさんが、「品種なんて関係ないよ」と急に言い出すので驚く。


「牛の味で一番大事なのはね、性格だよ」


 野良なのか何なのかよくわからない牛に近づいていき、スーッと逃げていくと「あれは性格悪いね! ダメダメ!」。いい牛は「温和で誇り高い牛」とのこと。
 さて、牧場に行って飼っている牛を見せてもらうのだが、「僕の身長が174センチなんだけどね」と言ったところで目を疑った。赤い牛の背中が、そのおじさんの身長を超えているではないか……。
 数秒間、スクリーンに映っているものが信じられなかった。サイ? 象? なんというデカさだ……!


「体重は2トンだよ」


 それが家の裏の庭みたいなとこに放し飼いになっていて、しかも時々のっしのっしと走り出す。いや、これにぶつかられたら死ぬよ……? それをおじさんの奥さんなのか、おばさんが1メートルぐらいの棒を持って「ほら、待ちなさいー」などとのたのた追いかける……。
 「ちょっと運動してるんだよ」と平然としている牧場主のおじさん。動くとまたそのデカさの迫力がすげえ! あっという間に広くもない庭の端から端へ。
 映画の『ハンニバル』で、レクター博士を食べようとする豚が怪物みたいに馬鹿でかくてびびったけど、あれの牛版だと言えばわかりやすいか。でも性格は温和なんだよなあ。
 ちなみに何歳かと聞くと、


「10歳だよ」


 ……なん……だと……? アメリカだと1歳半〜2歳ぐらいまでには出荷、2歳半だと完全な売れ残り扱いされていたのに対し、この歳は……いったい……。
 「屠畜しないんですか?」と聞いたら「えっ? するよ」とは言うのだが、まったくいつかとは明言せず。後で食べてたのは13歳の肉で、15歳ぐらいまで育てることもあるという……いや……コスト凄すぎだろ……。毎日とんでもない量を食うし……。
 でも、美味しく育てるには、その手間暇が必要なのだ。マッサージもするし……。牡も育てているが、男性ホルモンのテストステロンは肉を硬くするので去勢はしているそう。大事にのんびり、草をたくさん食べて時間をかけて育てると、それぐらいの歳になったころに程よく脂肪がついて熟成する……中年の肉が一番美味いのだ。
 それだけ時間と手間をかけるわけだから、当然、頭数は大したことないのだが……やっぱりそれだけの副産物として……肉がでかい! 一枚のステーキがお盆よりデカいぞ……! それでいて肉質も風味も和牛を凌ぐ……!


 うむむむむ、いやはや、あらゆる意味で圧倒されたわ。これは一回食ってみたいが、現地に行かないと無理だな……(笑)。
 まったくの非常識のようだが、大量生産が発達するまでは、ある程度時間をかけて育てるほうがむしろ普通だったのだよな。今の常識はかつての非常識でもある、という話。
 まあ他は別にいいが、この巨大牛のくだりだけはぜひとも映像で見てもらいたいですね。WOWOWとかでやるかな……。