”立ち上がり、前へ出ろ"『サンドラの週末』


 ダルデンヌ兄弟の最新作。


 休職が明け、仕事に復帰しようとしていたサンドラ。だが、職場で待っていたのは、職員の投票により、他の職員へのボーナス支給のために解雇するとの通達だった。同僚二人が社長に掛け合ったおかげで、月曜の投票のやり直しが決まるが、16人の中、過半数の票がなければサンドラは解雇されてしまう。彼女の長くて短い週末が始まった……。


 会社を鬱で休職してたら、いつの間にか首になることが同僚の投票で決められることになり、しかもそれはボーナスか自分の復職かを選ぶというとんでもない投票。無情にも14対2で首が決定……。が、投票には参加してない主任が「代わりに誰か首になるかも」と吹聴して回ったことが不公平だと、復職に投票してくれた同僚が訴えてくれ、三日後の月曜に再投票が行われることに……。


 このなかなかややこしい設定をまくし立てるように説明する冒頭から、重さが漂う。要は社長が堂々と首にすると訴えられるかもしれないから、「民主的」に決めさせる体裁を取ろうという発想で、一人1000ユーロのボーナスという人質を取って社員同士を分断し、対立を煽ろうという卑怯極まりないやり口。主人公をボーナスを奪う「敵」と位置づけ憎ませようというせこさ。このやり方そのものを訴えた方がいいんじゃないのか。
 しかし、そもそもやっとこさ鬱が治ったばかりでまだ弱ってる主人公マリオン・コティヤール、あっという間にメンタルが追い詰められる!


 この主人公の打たれ弱さが素晴らしく、鬱だから薬でごまかしているのだが、すぐに心が折れて寝たがるのだよね。「寝る……」「寝るから」「もう寝るの……」といちいちベッドに潜り込もうとする。それを励まして、何とか起こそうとする旦那!


 ヤオジャッジで大差の判定負けを喫したところを直談判し再試合にこぎつけたのはいいが、今回も条件は変わらず、コミッショナーは不在でオーナーが仕切っているようなもの。過半数だから、16人中9人の賛成が必要になる。ドローではダメなのね。すでに味方な2人以外の14人のところを回って説得しなければならない。2人は電話で話がつくのだが、残りは12人。


 ちょうど12ラウンドということで、お話はまるでボクシング映画のような様相を呈してくる。最初から敗色濃厚なのは目に見えているが、それでもタンクトップでリングにあがるマリコテ! カーン! ゴング! しかし第1ラウンド、第2ラウンド、あっさりと「やっぱりボーナス欲しいから……」「生活苦しいから……」と取られ、すでにKO寸前! もうコーナーから立ち上がる気力を失いかけるが、セコンドの旦那が折れかけたハートを必死で励ます! 水を飲ませ、風を送り、「がんばれ、次を取ればまだいける!」「とにかく判定まで攻めよう!」と叱咤!


 映画はこの12人回るところを、本当にいちいちやって繰り返すので、否応なしにその「徒労感」が伝わる構成になっている。そもそも持ち出すのが気まずい話を、何回も何回も繰り返さし話さなければならないこの面倒くささ、つらさ。相手もとっくに何の話で来てるかわかってるんだけど、正直聞きたくないから「ボンジュール」と挨拶した後、いちいち言うのを待つ、マリコテに切り出ささせるこの気まずさ。それでも言うんだ、「私は復職して働きたいから、ボーナスを諦めて」と。


 1000ユーロっつったら、今だと13万8000円ぐらいか。ないと死ぬというわけじゃないし、もらったからと言って人生が変わるほどの金じゃないが、生活苦しかったらやっぱり欲しい大金だ。だが、主人公にしてみれば、月給という毎月のそれ以上の金額を失う瀬戸際になる。


 この社会で働く自分自身を、主人公に限らずこうして回って会いに行く同僚たち一人一人に重ね合わせて観ることが出来る。さて、自分なら13万8000円のボーナスと同僚一人の首と、どちらを取るか? 映画はまさにこの週末のみを描き、サンドラと同僚たちのそれまでの関係は振り返らない。自然と、観客自身が自分の同僚たちとの関係を当てはめて考えることが出来る。
 もしかすると過去にはそれなりに良好な関係があったのかもしれないが、それはすべて、このボーナスとの天秤にかける投票という分断策で破壊される危機にある。


 第3ラウンド、ヨレヨレになりつつも訪ねて行った同僚は「来てくれて良かった。ボーナスに投票したことを、ずっと後悔してたんだ」と泣きじゃくる。入った〜! 強烈なカウンターのフックだ! このラウンド取り返したぜ! しかし感動もつかの間、楽に取れると思ってた次のラウンド、一番仲良かったはずの同僚に居留守で門前払い! なんというシーソーゲームだ!


 インターバル中、旦那といっしょにアイスを食いながら打ちひしがれるマリコテ。「無職になったらもう別れようか……最近全然セックスしてないし……」ボクシング映画でも、インターバルで試合と全然関係ない話する時あるよね! まったく難儀な女やで! しかしこんな時も決して動じないセコンド、「またしよう!」と力強く言い切るのであった。
 旦那は職業シェフなんだけど、いちいち心が折れそうになるマリコテに対し、超ハートつええ〜。あまり選手が打たれてるとついついタオルを投げ込みたくなりそうなものだが、勝てる、いや勝つべきと信じているのだな。この人は首の危機に陥っても、決然と交渉して回るのだろうな。そして車の運転などのセコンドを買って出つつも、決して自分は手を出さず、ひたすらサポートし続ける。


 親子の従業員二人と同時に交渉する5、6ラウンドは、まさに「WAR」の様相を呈する。うーん苦しいしなあ、と渋ってるお父さんに対し、息子は典型的DQN。「クソ女め! オレのボーナスは渡さねえ!」とブチ切れ! マリコテをどつき倒し、お父さんとも殴り合い! うーむ、ここはリアルボクシングになってしまった。人生は戦いだ……。ダウンしたマリコテ、失神したお父さん……。息子はガールフレンドとピカピカの新車で走り去る。ぺっ、羽振りが良さそうなことですね!と嫌味の一つも言いたくなるが、お父さんはこれで味方についてくれるのであった。
 このラウンドは一つ失い一つ取り、まさに痛み分け。まあイーブンなら御の字……なんだが、ダウンのダメージは抜けず、車内で負け犬になって転がり腐るマリコテ。


「もう帰る……」「帰って寝る……」


 試合はまだ半分、まだ6ラウンド残っているぞ! 果たしてマリコテは第7ラウンド開始のゴングを聞けるのか? そして怒涛の後半へ……。


 負けそうになると寝ようとするマリコテと、「いやいやいや、まだ寝るな」と止める旦那のやりとりはほぼコントで、これはコメディっぽい演出でもありだったろうな。そんなこんなで土曜日はあっさり終わってしまい、いちいち徒労を突きつけられ異様に長く感じる一方で、実は手元の時間はあまりにも短いことも思い知らされる。あと6ラウンド! 勝負の行方はいかに!?


 細かい演出が効いていて、とりわけ印象的なのは主人公中心のカメラワークと、話している同僚の距離感。話してる最中に人が間を横切っていくのは断絶の象徴だし、小さな柵があったのがそれを越えて手を握るシーンは新たな結びつきを意味している。ボクシングに例えてますが、必ず「メルシー」と「オーヴォワール」で終わる礼儀正しさも良いですね。


 壮絶なダウンを喫しながら何度も立ち上がる主人公は、全然不屈の闘志なんて持ってなくて、セコンドや仲間の励ましで、ささやかな勇気を振り絞ってやっとこさ前に出る。長いものに巻かれろ、泣き寝入りしろという同調圧力、ボーナスや非正規職員の雇用を人質に取った恫喝、こうして雇用をカットしなければ競争に勝てないというグローバリズムの論理……それが世の趨勢であろうと、簡単に屈するわけにはいかない。運命の判定を聞いた後、サンドラが見せた矜持とは……。


 前作『少年と自転車』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120516/1337168204)にも込められた、この世界はやるせなく割り切れないが、それでも今ここで生きていくという思い。強くもなくヒーローにもなれないがそれでも立ち向かう人の姿を描いた秀作。

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