”検事、弁護人は前へ!”『ソロモンの偽証 前篇・事件』『後篇・裁判』


 宮部みゆき原作!


 記録的な大雪が降った翌朝、校庭で、雪に埋もれた屍体が発見される。屋上から転落死したその少年は、柏木卓也。その学校に通う二年生。不審な人物も目撃者もなく、警察は自殺と断定。だが、同級生を名指しした殺人の告発状が学校とマスコミに届き、事件は一気に加熱していく。発見者の女子中学生藤野涼子は、うやむやにされようとする事件の行方に不審を抱くのだが……。


 連載九年、文庫にして六冊の超大作を映画化。そりゃあ前後編にもなるわな。トータルランタイムは4時間半越えで、事実上一本の映画と思って差し支えあるまい。


 作者の小説は一時期よく読んでいたのだが、『理由』『模倣犯』『楽園』まででストップ中。まあ冒頭に提示される謎こそ魅力的だが、解決まで行くと急激に尻すぼみになるスタイルに少々飽きてしまった。だいたい分厚いしな……。今作もまたさらに大作なので、当然のようにスルー気味でありました。
 まあアラフォーともなるとますます本が読めなくなり、昔は「もう原作読んじゃってるし、どうせ端折ってる映画は見なくていいや〜」と言ってたのが、今では「ああ……もう原作読む元気はないし、映画でも見て読んだつもりになるか……」ということが圧倒的に多い。今作も、4時間半とは言えど描写が刈り込まれているのは明白なわけで、果たして舌足らずなものになっていないか危惧しつつも観てきました。


 前後編の大作ながらあまりヒットはしなかったようだが、主演は中学生たちなので、全員がほぼ無名のキャスト。東出君やカミッキーがいまだに高校生役をやっていたりする邦画界だが、さすがに中学生は無理だろうということで、華のある子もない子も含め見たことない子ばかり。しかしそれが功を奏し、これから何が起きるかわからない新鮮さ、テレビで見飽きたキャストにはないフレッシュな魅力を発揮している。
 しかしまあ、これこそが「キャスティング」と言うべきものだよな。無名どころか演技経験さえない子役も多い中、原作のキャラクターのイメージに近い子をピンポイントで選んでいる。結果として、オンリーワンの輝きをキラキラと放ちキャラも立ちまくっているではないか。
 特に主演の女の子、藤野涼子役は抜擢しただけある、と思わせる光っぷりで、表情の力が非常にあって良かった。後篇の裁判中に思わず涙をこぼすシーンは、「こいつっ、骨の髄まで腐っていやがるぜ……!」というショックと怒りがないまぜになった感じが素晴らしかったですね。
 対して、親、教師世代は成島監督の過去の監督作にも出た出演陣が揃い、バランスを取っている。こちらはタイプキャスト感も強いが、そこは原作のキャラクター付けで補っている感じかな。


 中学校と言えばかなり自我も発達して、こまっしゃくれた理屈も色々とひねりだすようになる年頃で、それに対抗して親や教師もだんだんと強面になりつつなおも子供扱いをし続ける、ちょうどダブルスタンダードが横行し始める頃合いなのね。大人になれ、大人だったらこうする、と言いながら、お前らは子供だから、ということも同時に言い続ける。大人の言う通り、右と言えば右を向き、左と言えば左を向く、そんな姿を意識せずとも望ましく思ってしまっている。そして、いざ反抗されて親として教師として鼻っ柱をへし折られるのもまさにこの時期なのだな。
 一人の中学生の死をきっかけに、いくつもの目覚めが起き、大人世代もそれにどう対するか問われる。他人の子供ならば知らんがなで済むが、目の前にいるのは一生付き合っていかねばならない自分の子供である。時に無茶をし、遠回りしたり無駄に見えることに首を突っ込んだり……。子供がそんな風にしている時に、果たして手助けするのか敢えて手を出さないか、その結果どうなるのか……。少々オーバーだが、時にその選択が死さえも招くことをも、今作は描く。たとえ、それがどんな茶番に見えようとも、親として大人として、時にそれに真摯に向き合うことが問われる。


 冒頭で死んでいる柏木君と、途中で死を遂げる松子という二人のキャラクターは、死んでしまうがゆえに純粋かつ象徴的な意味合いまで昇華されていくのだね。柏木君はその言動のソリッドさにおいて「正義」とは何かを問いかける。生きていればその言動も時々いる「中二病」に過ぎないし、ジョーカー気取りで批判だけは一丁前の痛い子供でしかないのだが、まさにその中二的純粋さを保って死を遂げたがゆえに、主人公たちの中で永遠とも言える存在になる。生きてさえいれば緩やかに卒業できただろうが……。
 対して松子は愚鈍と紙一重の善意を持ったやはり純粋さを保ったキャラクターで、いずれ擦れて薄れていったかもしれない正義感を、一瞬の煌めきとして物語上に焼きつける。
 共に、主人公たちのできなかったことをし、これから否が応でも失われていくであろうものを持ち、「中学生」という「今」だけが真実というものを追い求める青臭さを備えているということを突きつけてくる。今、ここで見過ごせば、これから先、いじめや人の死にも向き合わず、ただ歳を重ねるだけの心の死んだ大人になるだけだということを……。


 中学生たちの創意工夫と心の旅を描く本作は、意識してかは知らないがどことなく宮部版『スタンド・バイ・ミー』の趣を持つ。中学生ならではのスピリッツを追い求める話であるのと同じく、人生で初めて死というものに直面する大人への通過儀礼の側面がある。さらに、「裁判」という形式とルールと法に則って物事を進めるという、慣習やなあなあでない形を取ることを擬似的にでも経験することで、これまた社会において正しいことを追い求めるということは如何なることか、ということを学んでいく。映画が終わる頃には、いかにも日本的で曖昧な大人像は退けられ、うらぶれていながらも懸命に真実と向き合おうとする不器用でも誠実な大人が残る。それは、主人公たちの未来ともやがて重なっていく。
 二項対立でない地続きである大人と子供の関係を、悪名高い「校門圧死事件」のあった学校で行われた校内裁判をモデルに描く、ということで、練りこまれた設定が光る。監督のホラー的な演出と絵の力が合わさって、ジャンルをまたがって書き続けた宮部みゆきならではのストーリーテリングが如何なく発揮された感あり。


 一方で、自殺か他殺か?とミスディレクションしておいて、どちらでもない結末が待っているというひねりはあったものの、ラストは宮部みゆきっぽい「穏当」なものになった感もあるし、説明的なモノローグや台詞回しで心情やテーマを語ってしまういかにも邦画らしい「小さな親切、大きなお世話」にも辟易したところ。長尺の中では何度も同じ台詞が出てくるので、主人公が「心の中を血だらけにされた」と何度も言うのを聞いてると、「おまえ、なんか上手いこと言ってると思ってるやろ……」とちょっと突っ込んでしまうのであった。
 前篇の引きが上手かったので、後篇はいまいちテンションが上がり切らなかった感もあるし、子供同士なんだからハリウッド映画の法廷ものによくある丁々発止の駆け引きということにも当然ながらならないので、淡々としたきらいもあり。ただまあ、描きたいものが何かということを考えれば、そうなるのが当然とも言える。
 あとは現代パートが総じて余計だったかな……。特に余貴美子の薄っぺらさが異常で、「あれ以来、この学校ではいじめも自殺もない」って、それはいくら何でも能天気すぎるだろう。


 そんなこんなで欠点も目につくが、形や台詞だけ原作をなぞっただけの映画化が転がってる一方で相当に真摯な部類だし、前後編にふさわしい大作感も備えている。今年の邦画の中では重要な一本になりそうだ。


 主人公たちの行く末は、藤野涼子を除いて映画では語られないが、原作ではきっとそれぞれエピソードがあるのではないかな。宮部版『スタンド・バイ・ミー』と言うことで、きっと神原君は大人になってから本当の弁護士になり、そして「酒場で酔っ払いの喧嘩を止めに入り、刺されて死んだ。彼らしい死だった」ということになっているんではなかろうか!

ソロモンの偽証: 第I部 事件 上巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第I部 事件 上巻 (新潮文庫)

模倣犯 [DVD]

模倣犯 [DVD]

クロスファイア [DVD]

クロスファイア [DVD]