”世界の変わった日”『イミテーション・ゲーム』


 アカデミー脚本賞受賞作!


 第二次世界大戦が勃発し、ナチスドイツがヨーロッパを侵攻。爆撃、そしてUボートの進路をイギリスは孤立。拡大する戦線の中、補給線を断たれ国民は飢えつつあった。ドイツ軍の使う暗号通信がエニグマという機械によって作られていることを知ったイギリス軍情報部は、国中から科学者を呼び集め、解読に当たらせようとする。その中に、27歳の天才数学者、アラン・チューリングの姿もあった……。


 さて『博士と彼女のセオリー』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150324/1427198475)では歴史に残る天才ホーキングの偉人力が描かれましたが、今作では歴史から抹消されていたある天才の偉業が描かれます。その名はアラン・チューリング。演ずるはベネディクト・カンバーバッチ! その彼が逮捕される戦後数年後と、記録が抹消された軍所属時代の戦時中、そして少年時代が並行して描かれる。
 「気難しい天才」の代表のような性格をしていて、空気をまったく読まないし理屈で全て押し通し、時に会話における言外のニュアンスをまったく汲み取れなかったりする。今で言うアスペルガー症候群ではなかったか、とも言われる話の通じなさ。
 その彼が、ナチスの最強暗号マシン「エニグマ」の解読に起用される……のだけれども、他に呼び集められた学者たちとはまったく異質。地道にパズルを解く如く、一文字ずつ解読しようとする同僚たちに対し、カンバーバッチさんは謎のマシン「クリストファー」を作ってエニグマを破ろうとするのであった。
 それがチューリングマシンと呼ばれ、コンピュータの原型となった装置であるというのはまた後世の話。当時の人にはチンプンカンプンで、一個一個解く地道な努力の方がどうしたって成果をあげているように見える。だが、これこそが唯一の解決法である、と解き、何をどう書いたのか手紙一つでチャーチルの同意を取り付けてしまっているチューリング。この手紙の内容、考えようによってはこの映画最大の謎だな……口下手な癖に……。それともやはりチャーチルにも天才的な発想と言うか、既成の概念ではこの難局を乗り切れない、という考えがあったのであろうか。


 しかしながら全然内部に理解者がいないバッチさん、このまま孤立か……と思われるが、人材不足を補おうと催した試験(後にチューリングテストと呼ばれるやつではありません。超難しいクロスワード・パズル)において、思わぬ合格者が現れる。遅刻して駆け込んできて、女性だからと追い出されそうになったジョーン・クラーク、演じるはキーラ・ナイトレイが、チューリングの記録よりも速く解いてしまう。
 このキャラクターが、当時、才能を評価されていなかった女性であるがゆえに、性別に捉われず才能だけを見て評価するチューリングに出会ったことで、思いもよらぬ仕事を得ることになり、また彼の理解者ともなっていく。


 『イノセント・ガーデン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130606/1370501382)の、中身がありそうでないイケメン、マシュー・グードさん他の科学者とも徐々に打ち解け、クリストファー完成へとまっしぐら。そして、ついにエニグマが打ち破られる日が来た……。
 ここまでは、登場人物の一人一人の行動や、内面の変化によって事態が動かされ、彼らのしてきたことが結果へと結びついていく。だがこの後、物語は、彼らの為人によって進行するのではなく、それらを半ば無視するようにどうしようもない時代のうねりによって進んでいく。この転調が非常に印象深い。時代は変わったはずだった。その瞬間、確かに。だが、それらは個人個人に還元されることなく、「大の虫を生かす」ために闇の奥へと葬られる。
 中盤過ぎで最高の形で迎えたピークに急激に冷水が浴びせかけられ、同時進行で描かれてきた戦後数年後のチューリングの孤独な姿がそこへ重なっていく。彼という人間を決定付けた少年時代と共に……。


 第二次大戦とは、イギリスやアメリカ、民主主義を掲げる国家が、優生学による民族浄化を実行したナチスドイツを打ち破った戦争であると言われた。が、チューリングがゲイであることを理由に戦後裁かれたことを見れば、まったくよく言えたものである。性的マイノリティとして蔑視されたチューリングと、女性であるというだけで才能を認められなかったジョーン・クラークの間柄は、深い共感で結びつき、認め合うようになり、彼女は孤独へと堕ちていったチューリングの最後の理解者になる。
 カンバーバッチさんとキーラ・ナイトレイの二人が顔を合わせるシーンは、全部名シーンで、これこそが世界を変えた出会いであったのだ、と思える。後に多くの人を救い、歴史を動かした発明へとつながる。世界が彼らの意志で動かせなくなっても、歴史の闇にその偉業が葬られても、それらが消え去ることはない。決して……。


 やっとイギリス政府に認められ、この5年ほどで次々と事実が明らかになってきたエピソードの数々の映画化なわけだが、史実を読み解けば読み解くほど、次から次へと出てくるエピソードやテーマをごっそりと詰め込み、最低限の引き算をしただけで成立させた脚色の手際がすごいですね。おかげで複合的なテーマが重層的に絡み、映画をより壮大なものにしている。キャストも全員はまっていて、チーム萌え物としても成立してて、楽しみどころも多い。これは脚本賞も納得の出来でありました。

ベネディクト・カンバーバッチ ホーキング [DVD]

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