”溶鉱炉の側で"『ファーナス 訣別の朝』


 クリスチャン・ベールさん主演作!


 ペンシルバニア州ブラドック。製鉄所で働くラッセルは、イラク戦争から帰って来た弟ロドニーや、寝たきりの父の世話をする毎日。だが、恋人もいて慎ましく暮らしていたはずが、飲酒運転で事故を起こしてしまい、服役することになる。生計の手段を失った一家で、ロドニーは賭け試合に手を出すようになるのだが……。


 『ザ・ファイター』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110331/1301579597)においても兄役であったチャンベールさんですが、今回は弟役がケイシー・アフレック。まさに永遠の弟キャラの面倒を見て苦労する役……かと思っていたら、なんとチャンベさんが飲酒運転で事故やらかして、刑務所に入ってしまったあああ! せっかくゾーイー・サルダナと付き合って「そろそろ子供を……」とか言ってた矢先だったのに、ぶち壊し。弟の借金を肩代わりしてたのもストップ。これはきつい。何がきついって、「俺も金持ちじゃないけど、真面目にやって堅実に生きてるよ」と言えなくなっちゃったのがきつい。
 ムショから出た時には、お父さんは亡くなり、サルダナさんはフォレスト・ウィテカーと付き合い、職場復帰は出来たけどその製鉄所も閉鎖が決定……。
 こつこつと生きて、ささやかな幸せをつかもうとしていたはずが多くのものを失う。それでもやり直そうとして、サルダナさんに「こんな僕だけど、一緒に生きて欲しい」と願うシーンの飾らない率直さ。直後、彼女の妊娠を知らされて、泣きながら祝福するシーンの温かさが泣ける。その後、ウィテカーさんに「俺のいない間に、この野郎……!」と言っちゃうあたりもご愛嬌。


 時は2008年、オバマ政権の発足直前から物語は始まるが、ど田舎のホワイト・トラッシュには全く希望が見えない。結局、軍隊から戻っても何のキャリアもなく仕事につけないケイシー・アフレックは、賭け試合に身を投ずる。2008年だから、もうUFCはブレイクしているな。ケイシー・アフレックはボクシング崩れっぽい相手に肘打ちし、寝かせてパウンドを落としていたあたり軍隊式っぽい格闘技。まあMMA映画のジャンルに無理やり含めてもいいかな……。
 そんな弟を諭すチャンベさんが、自らも「ザ・ファイター」として闘技場へと乗り込んでいかないか、と期待したんだが、それはありませんでした。

 アメリカの貧しい街の、サクセス・ストーリー無き閉塞感がみっしりと詰まった映画で、地味と言えば地味だが、徹底的に地味に描かないと、日常を打破するチャンスなど欠片もないことが表現できない。
 冒頭から登場するウディ・ハレルソンこそワルだが、他のキャラクターはとことん平凡で、善悪両面に揺れる人物像として描かれる。
 真面目で儲けの少ない仕事につくことを嫌っていたケイシーも、兄ではなくプロモーターと金貸しをやっているウィレム・デフォーを将来のモデルとしていたが、彼もまた借金塗れで力がない。
 そのデフォーさんもまあまあ面倒見良くて、小人物ゆえになんとかやってこれた、というキャラ。しかし、借金を清算すべくハッスルしたところ……。ところで、ウディ・ハレルソンが、ウィレム・デフォーを始末する側に回ってしまったのは、何気に凄い事ではないかと思う。十年前なら、ぜったい冷酷な殺し屋=デフォー、粋がるチンピラ=ハレルソンというキャラになってただろうになあ。


 全てを失った男が、それでも自ら決着をつけずにはいられない感覚はもはや西部劇だが、格好良く決闘をする、という風にも決してならない。狩猟をしていても、もう鹿さえ撃つ気がなくなってしまったはずの男が、それでも引き金を引く……。
 傑作と呼ぶにはもう一歩という感じだが、実に真面目な映画で好感を持ちましたよ。