”ピエロは外せない”『NO』


 ガエル・ガルシア・ベルナル最新作。


 ピノチェト将軍と軍事政権による独裁が十数年続いたチリ。国際的な批判が高まり、信任を問う国民投票が行われることになった。支持派「YES」に対し、「NO」派には資金も放送時間もわずかなリソースしか割かれない。だが、若き広告マン、レネは「未来志向」のアイディアで人々の心に切り込んでいく……。


 『ザ・ウォーター・ウォー』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130204/1359954060)では映画監督だったちっちゃいイケメンだが、今回はCM製作者。
 独裁政権が常態化した世の中で、既成の運動がやっと選挙にこぎつけるが、早々と諦めムード。15分の選挙放送枠があるけれど、政権側はそれに加えて他の番組も使えるし、宣伝力では比較にならず、何よりも恐怖と安定で今まさに統治を固めている。
 そこにCMで挑むのがガエル。別居中の妻が運動家で、逮捕されたのを身請けしに行ったりしているが、本人は関わる気が薄い、わりとノンポリっぽい男。妻は好きだけど、政治運動には関わり合いになる気はないし、仕事と息子との生活が大事、というところだろうか。


 冒頭でコーラのCMを作って、楽しそうで未来志向というトレンドこそが売れる近道と語るのだが、この選挙放送にもそれを盛り込む。妻には「コピーのコピーのコピー」と言われ、本人もそれはわかっているのだが、コーラにせよ何にせよアメリカでもやってそうなCMの、確かに模倣であり、今は使えるけれどいつまで通用するかわからない、まさにその時代の手法。
ポリシーも思想もない、時代と寝ているような広告屋が、まさにそのノンポリ広告屋の立場から世の中を動かそうとする。運動をしている人の出すメッセージは真面目極まりなく、それでは大衆の心はつかめない。楽しさ、わかりやすさ、親しみやすさを前面にだし、未来がより良くなると訴える。
 家族を拷問で失ったような真面目な人は、いちいちピエロを登場させないと気が済まないガエル作CMに反発する。いちいちもっともでもあるのだが、それではやはり大衆は動かない。斜に構えた見方をするなら、政治について意見を述べることが格好悪いとされたり、ひたすら中立ぶって物分りの良さげな言動を取ることが良いこととされるような世の中では、むしろ今作の主人公のような立場が受け入れられやすいかもしれないし、そういう層をこそ動かす力が必要なのだ。


 政権側には上司が付いてしまってガエルと対決することになったり、定番の嫌がらせや尾行(それらは逮捕や拷問に直結している)にもあうのだが、裏を返せばそれはCMが効果を上げている証。しかし、息子をネタに脅されて、やむを得ず妻のところに預けにいくところが泣ける。家から男が出て来てイラッとするのだが、その男が自分の作った「NO!」デザインのTシャツ来てて、何やら複雑な気分になるあたり、なかなか想像しづらいようでわかるというか……。


 ラスト、仲間たちの歓喜の輪を離れ、一人、名も知らぬ人たちがざわめく雑踏を歩くあたりが、自分の仕事の届いた先を味わっているようでグッと来ましたね。当時のカメラとフィルムを使い、実際のフッテージと違和感なくつなげたあたりもナイス。南米の歴史と現状を訴え続けるガエルさん、今後も楽しみです。

ザ・ウォーター・ウォー [DVD]

ザ・ウォーター・ウォー [DVD]