”そこに相応しいのは”『新しき世界』(ネタバレ)


 韓国の潜入捜査もの!


 企業化した韓国最大の犯罪組織ゴールドムーン。8年でその理事まで昇りつめたイ・ジャソンは、兄貴分である組織のNo.3チョン・チョンの右腕として働いていた。組織のボスの急死により、後継者争いの先頭に躍り出るチョン・チョン。ライバルはボスの腹心だったイ・ジュング。警察の組織犯罪課のカン課長は、この後継者争いへの介入を目論み、密かに潜入させた捜査官を動かす。すなわち、8年前に送り込んだジャソンを……!


 冒頭から、サツとつながっているという疑惑をかけられた幹部に、別の幹部が苛烈な拷問を加えるというシーンで始まる。吐かないと見るや、口からセメントを流し込んでドラム缶詰めに……。いや〜、冷酷非情だね……って、イ・ジョンジェさん演じるこの拷問してる幹部こそが、今作の主人公にして実は潜入捜査官なのだな……。
 後から振り返るに、もうこの時点で、少なくとも裏切り云々に関しては無実の男を自分の身代わりに惨殺しているわけで、完全に警察官としての一線など超えてしまっているのだな。そして、こうしたギリギリの状況において、まさに最も冷酷な決断を出来る男である、ということも示される。
 潜入捜査の果てに組織のNo.3の腹心まで上り詰めているわけだが、その彼の存在を利用して、組織を骨抜きにするための計画が、チェ・ミンシクの指示の下で動き出す……No.1の死をきっかけに、後継者候補となっているNo.3とNo.4が争うように仕向けられていくのだが、この二人がボスの死に際して病院に来た時のシーンで性格の違いを印象付けたのは見事でしたね。


 ストーリー、すなわち「新世界」計画の骨子が、主人公にもギリギリまで伏せられているので、観客に対しても絶妙の引っ張り具合を見せる。もうプレッシャーに耐え兼ねて、早く身分を回復して海外にトンズラしたい主人公に、チェ・ミンシク上司はこれで最後だから、あと一回だからと延々継続させるのであった。
 主役の人、『ハウスメイド』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110909/1315494309)のワインマッチョ、『10人の泥棒たち』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130628/1372414360)のチョビヒゲではお笑い要素が強かったのだが、今作はぐっとスマートに冷静な佇まい。いや、周囲が企業化したヤクザということでみんなスーツを着込んでいるのだが、役者のチョイスやメイク含めて崩し方が絶妙で、どこか似合ってなくていかにもヤクザが格好だけちゃんとして見せていますという風になっている。その中で、一人だけ浮いている主人公……。
 まあ正体を知ってるというバイアスからか、怪しいよこの人! 一人だけサツっぽいよ!とどうしても思ってしまうのだが、そこは主人公自身が最もハラハラドキドキしているところなのだな。


 潜入捜査と言えば『インファナル・アフェア』だが、今作はあまりバレるバレない、情報をいかに漏らすか、などの同ジャンルのテクニカルな要素にはあまり踏み込んでいない。で、なんでバレてしまうかというと、ハッカーに調べさせたら全部出てきました!という、テクニカルじゃないどころか適当すぎるだろその展開、という代物。うーん、毎年一回ぐらいはハッキングしとけば、こんな潜入捜査なんてされずにすむのに。が、今作はそういう筋で見せるサスペンス性ではなく、役者の佇まいや存在感、立ち姿の格好良さやバラエティ豊かな表情などで魅せていくことを希求した映画なのだな。頭よりも、視覚や腹の底へと訴えかけてくる演出だ。


 主人公は兄貴分から、仕事のできる男として見られ、留守を任されることも多い……のだけど、その仕事というのが普段は何をやってるのかさっぱりわからない。たまにマフィアものやらヤクザもの映画を見ても、だいたいタバコなんか吸ってうろうろしているが、かちこみしてない時は一体何をやってるのだろう。振り込め詐欺の指示でもしてるのだろうか。そこらへんも何がどう有能なのかはどうでも良く、雰囲気からして頼りになりそうでしょ、ということで押し切るのであった。まあヤクザというのは仕事内容よりも、いかに部下に危ないことをやらせられるか、という人望、信頼関係、恐怖が大事なのかもしれないね。
 そんな彼への信頼を隠さないのが、兄貴分のファン・ジョンミン。力と恐怖と利で動く世界での義侠心や友情など、いつかは裏切られる仮初めのもの……しかし、ぎりぎりの状況で人が拠り所とするのも結局はそれしかないのだな。「兄」からの時計に対し、「父」ポジションのチェ・ミンシクさんのプレゼントの扱いの悪さと来たら! ミンシクさんもまったく情のない人ではないのだが、権力と力関係で主人公を押さえ込んでおきながら、そんな手で懐柔しようとしても余計に反感を買い、結局はそれが命取りになるのである。
 ブロマンスはいささか狙い過ぎという感じで、ブラザーブラザーうるさいよ、と思ってしまったが、ウエットさに振れ過ぎないバランス感覚はよし。ジョンミンさんは情に流されやすいし、そのライバルの人はいかにも粗暴過ぎの短気過ぎ、傀儡になるはずだったNo.2は実力もわきまえず策に溺れ、警察側のミンシクさんには情がなさすぎた。最後にその「新しき世界」を担うにふさわしいのは……。
 これら、どのキャラクターにも見せ場が用意されて、細部に至るまで欠点も含めて魅力的に描かれているところも素晴らしいですね。


 ラストは「俺もブラザーと一緒に死ぬ〜!」とか言い出して浪花節になっちゃったらやだなあ、と思ったけど、そういう気配も残しつつ、非情のピカレスクロマンのように締めたあたりも良かった。
 しかし本人は別に権力欲もなく、ただ生きるために必死にやっていたらなぜかこうなってしまった、という感じで、こうしてトップに立ったところで、何か気苦労ばかり多そうで非常に気の毒! 過去も消され、嫁は空気だし子供も流産し、兄貴分ももういない。頂点はあまりに空虚で孤独だったし、この裏切りの世界では、いつか彼も首を落とされる日が来るのだろう。
 まあまあせっかくトップになったんだから、気を取り直して前向きに頑張ってもらいたい。元刑事なんだから、それほど悪いこともしなさそうだし、「新世界」計画の目論見通り、世の中にとっては最も良い結果になったのではないか。より品行方正な、人に優しいヤクザ屋さんを目指して行って欲しいですね。


 エレベーターを上から映したカットは『インファナル・アフェア』へのオマージュかな、と思ったが、中では全然決着はついていなかったから笑った。パロディですね。人物配置こそ共通する部分もあるが、かの作品とストーリーもテーマもかなり方向性の異なる映画で面白かった。

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