"九分の一の純情な感情"『陽だまりの彼女』(ネタバレ)


 珍しく邦画鑑賞。


 営業マンの浩介は、取引先の下着メーカーのプレゼンで、中学時代の幼なじみ真緒と再会する。転校生でクラス中からいじめられていた彼女は美しく成長し、浩介のことも覚えていた。昔を思い出しながら急速に接近して行く二人。だが、真緒にはある秘密があった……。


 いや、上野樹里は割と好きなんですよ。残念ながら映画は全然観ておりませんが……。あと、僕は本名が「こうすけ」なので、上野樹里がオレの名前を連呼するとあってはちょっと気になってしまう。というわけで、せっかくフリーパスがあるので鑑賞。


 もっとひどいんではないか、と心配していたのだが、意外にも面白かったよ。特にダラダラと台詞で説明する演出がなくて、じっくり芝居を見せるあたりは良かった。もうワンテンポアップしてくれてもよかったけど、キャストさえ嫌いじゃなければ、前半は充分に観ていられる。
 松潤非モテ描写など一瞬で、最初の方で上野樹里と再会したら、あとは一直線。いや、草食系男子という設定なのだが、上野樹里が肉食系で押し切る。開始四十分少々で、「終電なくなっちゃった」が出たーっ! 不思議系肉食、なのに一途、という、どこまで都合がいいの、という設定だが、お話はこのまま一時間過ぎの結婚まで爆走する。


 前半の「こんな超ラッキーがあっていいんですか」という展開に対し、オレの中の非モテの残滓がよろめきつつも苛立っているわけだが、中盤以降から徐々に不穏な影がちらつく。ラッキーではなく、実は必然であった。そして、全てがこのままでは終わらない……。これまた定石通り。
 さて、ここからオチが来るとしたら何だろう? 上野樹里演ずるヒロインは13歳以前の過去と記憶がなく、真っ裸で街を歩いていたところを保護された、という設定。これは幼児虐待とトラウマによる記憶喪失か? 陰惨な過去が出るか? タイミングを同じくして、ヒロインが体調を崩し、頭髪が抜けてくる……えっ、難病?
 まあだいたいこの二つが、安手のサスペンスかテレビ邦画の定番ですわね。しかしこれらをミスディレクションとして、映画はまさかのオチへと突き進んで行くのである。一応、この二つを前段階にネタフリして見せたことで、真相の衝撃度は倍ぐらいになったよね。


 いや、オープニングから、松潤が子供の頃に子猫を助けた、という過去の映像があるんだが……ちらっとね、想像はしたけれど、ねえな、と思っちゃったよ。あまりに馬鹿馬鹿しくて。でも、やっぱりそれが当たりだったのだ。実は、上野樹里がその猫で、人間になって恩返しに来たのでありました〜!
 ネタバレは結構出回ってたらしいのだが、幸いにも見ていなかったのでビックリでしたわ。
 しかしながら、伏線の張り方や設定がいかにも都合良くて、そもそもどこが猫っぽかったの? というのが最大のネックだなあ。まずロシアンブルーと上野樹里が全然ビジュアル的に結びつかない。三毛猫とかならまだわかるが……ロシアンブルーは日本人にならないだろ。裸で現れて、全然勉強も出来なくて……というのはいいが、その後で100点取ったり大学行ったりしたらダメだろう。猫には無理無理! これはあとあと広告代理店と下着メーカー勤めの二人がシャレオツ恋愛する体裁を作るため、の、強引な設定だわなあ。他にも陽だまりでグースカ寝ている(タイトルはそういう意味だったのだ!)、金魚をうっかり食ってしまう、三階から飛び降りても平気、など出てくるが、いかにも浮いてて、結婚までしたという話なのに、全然生活している感覚に根ざしていない。
 せっかくの猫映画なのに、猫フェチとしては非常に物足りない内容。上野樹里がついゴルフボールにじゃれついたり、なぜかみかんの皮を嫌がったりしたら5億点だったのだが……。


 これはつまり猫というものを、リアルな動物でなく、こういう緩い「ファンタジー」に都合のいい、「なんとなく気まぐれでふわふわして暖かくていいもの」、ぐらいにしか捉えていないからなのだろう。種を超えた禁じられた恋愛がこんな簡単でいいわけがないだろ! 障害は寿命だけか! 猫は朝飯は作ってくれないよ!
 ビーチボーイズを主題歌に使っておいて、メンバーの名前を五匹の金魚にそれぞれつけておきながら、そのブライアンをヒロインがうっかり食ってしまう、という展開の異様なシュールさは面白く、もう少しこの感覚を大事にして欲しかったところである。


 また、この何かの冗談のような真相が発覚したのちも、ギアを変えずにひたすら真面目に恋愛モードを続けるので、少々辟易してしまった。江ノ島観光だけは延々と楽しめるわけだが……。


 原作にはないハッピーエンドを付け加えた、ということで、どうなるのかなと思ったら、ああ『ルビー・スパークス』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130215/1360901524)ね……。途中で、「猫は九つの命がある」ということわざが登場してたのだが、まだまだ大丈夫!ということで映画は終わるのだった。
 ただまあ、こうして振り返っているといかにもダメな映画なんだが、観てる間はそれなりに浸って気持ち良く見られるようには仕上がっている。前半の幸福感はなかなかの物だし、後半に変なオチをつけてもビーチボーイズ山下達郎のコンボを流せば、その力でそれなりに良かったような心持ちになれるし……。上野樹里が終電から飛び降りて来て翌日大あくびしているくだりで、ご飯三倍ぐらいはいけるしな!
 もうちょっと猫にポイントを絞れば、カルト的にかもしれないが映画としてはすごい!というものになっていたのじゃないか、という気がして惜しい気持ちにもなりました。


 さて、記憶を失った二人は再会したわけだが、今度は最初から大人の上野樹里は、今度こそその身体能力を生かして、もっと猫的な活躍をしてほしいところである。黒いレザースーツをまとい、夜な夜なお宝を盗み出すような……。追跡劇に巻き込まれた松潤はまたも恋に落ち……ということで、オチに腹立った人も『キャットウーマン』誕生秘話と思えば面白いかもしれませんね。

陽だまりの彼女 (新潮文庫)

陽だまりの彼女 (新潮文庫)

陽だまりの彼女~オリジナル・サウンドトラック

陽だまりの彼女~オリジナル・サウンドトラック

虹の女神 Rainbow Song [DVD]

虹の女神 Rainbow Song [DVD]