"人はゾンビに夢を見る"『ワールド・ウォー・Z』


 ブラッド・ピット製作のゾンビ映画


 国連の仕事を辞め、家族と共に暮らすジェリー。しかし、突如マンハッタンで起きた感染爆発に遭遇する。凶暴化し、荒れ狂う感染者。噛まれた者は12秒でまた感染者となる。理性を失い、無差別に人を襲い、銃弾にもひるまないその姿を、人々はこう呼んだ。「ゾンビ」と……! ジェリーは国連に呼び戻され、感染への対策のために科学者と共に韓国へ飛ぶのだが……。


 宣伝がゾンビだっつうことを伏せてる、ということが話題になってましたが、作中でも「ゾンビだ!」とはっきり言ってるのに対して、血も出ない内臓も出ない手足も千切れない、と、良くも悪くもハリウッド超大作の抱える事情を考えさせられる映画でありましたね。とりあえずクリーチャー的なものが出るのが一切ダメ!という人でなければ、まあ観ても大丈夫かな。


 冒頭の終末を想起させる映像→「おお、ゾンビ映画っぽいぞ!」
 序盤、何が襲ってきてるかをわざとなかなかカメラに捉えない演出→「ゾンビなのかな? ゾンビじゃないのかな?」
 12秒で感染!→「走るのも速いが感染も速い! ゾンビっぽくないw ブラピ冷静過ぎw」
 スーパーで食料品仕入れ! アパートに立てこもり→「これはゾンビ映画のパターン!」


……とまあそんなこんなで、最初の方から、ゾンビ映画としてはどうなのか、なんてことを考えさせられてしまいましたが、そのうちどうでもよくなってきました。まあ面白かったですよ。


 我らがブラッド・ピット、歳取ったなあとは思いつつも、やっぱり嫌になるぐらいのイケメンで、トムクルの抜けたとこや、ジョニデのわざと外そうと懸命になってるところがなく、平然と構えておる。そもそも冒頭から「世界を救うのはおまえしかない!」と呼ばれてくるあたり、イケメンとして、主人公としての使命を最初から背負っており、本人もそれを当然と思っている感覚がありあり。「いや、家族がさあ……」とかいう彼に対して、「世界と家族とどっちが大事なんだ!」という問いかけが突きつけられる。いや、普通は一人の人間が世界を背負ったりしないんだが、そうしたハリウッド映画的な力学を完全に自分のものにしているね。
 一応「希望の星」なる科学者がいて、ブラピはそれを護衛兼サポートする役回り、ということになっているのだが、これは単なるエクスキューズに過ぎず、あくまで世界を救う主体はブラピなんだよね。出発して早々のもうやっつけとしか思えない始末っぷりはその表れで、話が無理なく転がり出せば彼の役目は終わり。ブラピがいればあとは誰もいらないのである。


 さすが、自分の製作会社で作っただけあって、ところどころに全能感が滲み出している。どこへ行っても落ち着き払い、主要な手がかりは目の前に転げてくるし、真相は本質直感的に思い浮かぶ。脇役はあくまで脇役で、彼の活躍を目立たず邪魔しない程度にサポートする。
 そんなオレ様精神が溢れているのだが、それはひけらかし大好きトム野郎と違って彼の「作家性」ではないので、体裁としてはあくまで一国連職員の等身大的活躍、という見た目を守ろうとしているあたりも面白い。銃は基本人任せ、メイン武器はバールのようなもので、何がすごいんだ、ということは曖昧にぼかしている。


 マンハッタン→韓国→イスラエルと、手がかりが提示されるごとにステージが移るゲームみたいな進行なのだが、ロケ地ごとに「分岐」してる感覚だな。最後はロシアに行くはずだったのだが、R指定をまぬがれるためにクライマックスを撮り直したため、飛行機の墜落先が変わってしまい、分岐で違う選択をしたような格好になった。あるいは、「希望の星」が死なずにインドに行く展開などもあり得たのかもしれないね。


 しかし、ロシアでの大決戦を使わなかったため、クライマックスが研究所内での地味な攻防戦になったのは非常にマイナスであった。いや、これもゾンビ映画っぽいと言えばゾンビ映画っぽくて、それなりに緊張感もあるし嫌いじゃないんだが、やっぱり逃した魚は大きく見えるぜ!
 ゾンビ相手に超真剣な顔で「だるまさんが転んだ」をやるあたり、これこそ低予算映画の本分だね、という感想を製作費2億ドルの映画に抱くという倒錯感も素晴らしい。まあこの頃はもうほんとに予算を使い果たしてたんだろうなあ。『秘密結社鷹の爪』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20100118/1263788310)じゃないが、バジェットメーターはもうゼロよ! でも最後にブラピがドヤ顔でペプシを飲み干し、なんとか広告料で完成させました、ありがとうスポンサー様!
 超大作映画も予算を使い果たせば低予算映画と同じになる、100万から100万引いても、200億から200億引いても、それは同じゼロである、という算数のお勉強にもなりましたね。


 が、製作中止も噂されたここまでグダグダになった企画を、何だかんだで「R指定なしの大作ゾンビ映画」という縛りを守って、ジャンル映画らしい体裁もほどほどにキープした上でそこそこ面白く仕上げ、製作者オレ様に奥の手のドヤ顔までさせた挙句に、結局ヒットにこぎつけているんだから、チーム・ブラピは、それこそ『マネー・ボール』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20111011/1318040695)ばりに器用かつ粘り強く有能であるのだなあ、と認めざるを得ないね。あの手この手でヒットするまで持って行った手法こそがセイバーメイトリクスであり、そんな彼らにとっての夢、目標であるワールド・シリーズが、この『ワールド・ウォー・Z』原作の映画化そのものだったのであろうなあ、と思うと、なんとなくオチがついたような気になるのでありました。