"死せる屍の生"『バーニー みんなが愛した殺人者』


 ジャック・ブラック主演作!


 テキサス州カーセージ。葬儀屋に勤めるバーニーは、葬儀のプランニングから賛美歌、棺桶の売り込みまで全てをこなすスペシャリスト。さらに、その献身的な態度と働きぶりで町の住人全てに好かれる人気者だった。ある日、町一番の金持ちニュージェントの葬儀を行い、その未亡人で、頑固者で嫌われているマージョリーを、その持ち前の気配りで慰めようとする。最初は邪険に扱っていたマージョリーだが、徐々にバーニーの気遣いに心を許すように。だが、その数年後、バーニーは逮捕されることになる。二人の間に、何が起こったのか?


 リチャード・リンクレイタージャック・ブラックと、傑作『スクール・オブ・ロック』以来に組んだ映画。


 これでもかこれでもか、とバーニーがいかにいい奴なのか、が語られる前半、そんな善人がいるかよ、といちいち思うのは的外れも甚だしく、実際のところ、この人物は序盤から匂わせられる通りに殺人を犯しているのである。ただ、作中で示される情報の中で、バーニーの好人物ぶりは結末まで一瞬たりともぶれない。文句無しに前向きで善良な人物だ。だが、そんな男も環境次第で殺人を犯す可能性がある。彼の置かれる状況が細部まで描かれるに連れて、善人か、悪人か、という一面的な問いかけは意味をなさなくなっていく。
 だが、裁判で問われるのはまさしくそこなのだ。街中の人間が彼を「善人」だから許せと言い募り、功名心に逸る検察官は、人殺したんだから「悪人」だと主張して裁判の場所を移す。


 本邦でも凶悪な犯罪が起きれば、すぐにマスコミ報道に釣られて「吊るせ吊るせ」と死刑コールが巻き起こるわけだが、今作はまったくその反対の「赦せ赦せ」コール。対極にして同根、そして結局それら「俗情」に左右されるのが、米国の陪審員制度である、ということ。
 『評決のとき』において、復讐のための「殺人」を、涙ながらに無罪にしてみせた弁護士を演じたマシュー・マコノヒーが、かつてのケビン・スペイシーが演じた検察官の側に回るというのは完全に狙ったキャスティングであろうし、『リンカーン弁護士』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120803/1343987781)の洒脱ぶりまでもが今作の成立の伏線であったような気までしてくる。


 「被害者」であるシャーリー・マクレーン演ずる老女マージョリーの鬼気迫る存在感も素晴らしい。その人間性の歪さゆえに孤独を招いた老女が、博愛精神溢れるバーニーと結びついたことで、奇妙な恋愛関係のようになり、さらに共依存のような間柄に陥っていく。ひねた金持ちの老人が、優しさに心を開く……という、『クリスマス・キャロル』のような美談は一面に過ぎず、時が経つに連れて恋愛感情は薄れ、使用人や親族にさえ見せなかった執着心、所有欲、支配欲へとシフトしていく。それは確かに愛であった瞬間もあったのだろうが……。全然ビジュアルは違うけど『ダーク・シャドウ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120522/1337693995)の魔女のようでもある。


 彼女に関わったばかりにかかる結末を迎えるバーニー氏だが、その奉仕精神と寛容さの裏に、どこかやり遂げねば、徹底せねば気の済まない完璧主義のようなものも伺える。葬儀というイベントへの取り組みや、遺体への献身はもちろんだが、葬儀が終わった後の遺族へのケアはすでに仕事の領分をはみ出しているし、趣味でやっている舞台劇の稽古などにもそれが透けて見える。それが他人に向かず、すべて自分の中で完結しているから、人から見ればポジティブで熱心ということになるが、並外れた能力と前向きさでクリアしてきたことが、初めて壁に突き当たったのが、マージョリーとの関係だったのではなかろうか。自分なら、彼女を助けることが出来る。良い人間に変えることができる。あるところまでは成功した。彼と同じことができた人間さえ、ただの一人もいなかった。だが……。
 普通ならば、いくら金持ちでいられなくなるとはいえ、逃れることはできたはずだ。まして、殺すところまで追いつめられたなら、逃げ出した方がまだずっとましだったはずだ。だが、それができなかったのは、常に完璧にやり遂げることを期してきた自分が、今まさに挫折を迎えようとしていることが受け入れられなかったからなのではないか。成功体験があまりに強かったため、そこに執着してしまった。射殺したあと、死体を冷凍し、その結果を先送りにしたことも象徴的だ。いつか、葬式を行い供養すれば、結果は良きものとなる……。
 常にポジティブで、マイナスな方向の言葉を絶対に発しなかったバーニーが初めてネガティブなことを口にするのが、「25回も物を噛むな。いらつく」という、他に比べて何でもないように思えることなのが面白い。常に物事を良き方向へと捉え直し変えてきた人間が、生理的嫌悪だけはどうしようもなく、それがダムの小さな亀裂のように決壊を迎えるきっかけとなったのかもしれない。
 まったくイケメンなどではないデブ野郎なのに、自信に満ちて魅力的な人物をジャック・ブラックが好演。本物にもインタビューしていたが、どこか似たところのあるまさにはまり役で、歌や踊りのシーンまである。度を超したポジティブさに代表される超人性を演ずるにもふさわしい。


 脇に並んだ「町の人」たちがみんなリアルないい顔をしていて、実話としてのこの物語をセミドキュメンタリー風にして支えている。それでいて、全編にフィクションならではの軽妙なリズム感を感じる秀作でした。

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愛と追憶の日々 [Blu-ray]

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評決のとき [DVD]

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