”紅い河”『嘆きのピエタ』


 キム・ギドク監督作。


 両親の顔を知らないままに30年間生きてきたガンドの仕事は、借金の取り立て人。債務者に障害を負わせて保険金から10倍になった借金を返済させる彼は、「悪魔」と呼ばれ恐れられている。だが、そんなある時、顔も知らなかった「母」と名乗る女が家に訪ねてきて……。


 この監督初めて観たんだが、色々とすごかったね。オープニングから首吊り自殺が炸裂。その後は借金取りの主人公が容赦ない取り立てに回り、元金の十倍の利息を払えない輩を痛めつけ、障害が残るほどの重傷を追わせて保険金をふんだくる!
 最初から強烈な死と暴力の臭いがたちこめているのだが、その背後からさらに貧困の気配が濃密に押し寄せてくる。取り立てられる側の、どう見ても儲かりそうにない狭苦しい工場での生活は、未来がまるで感じられず息苦しいばかりだ。先細り、今度の借金がなくともいずれ息詰まる、そんな絶望の中で、残ったわずかな家族と身を寄せ合って辛うじて生きている。
 それすらも切り刻み、破壊するのが主人公であり、そのタッパがあるので余計に恐ろしい無感動な佇まいの存在感が抜群。殺伐とした娯楽のない部屋で孤独に暮らし、仕事の模様を几帳面にノートにつけて、電話があれば出かけていく。一切の容赦がなく、取り立て先の工具を利用して、ある時は手を、ある時は足を奪って行く。


「死ぬな。死なれると保険金が面倒になる」


 ただ、そうした非常な言葉を投げかけながらも、楽しんでる様子は微塵もなく、自身も欠落を抱えているかのように虚無的だ。趣味とか一切ないし、寝起きにオナニーしてる瞬間さえも別に楽しそうじゃない!
 だが、そんな彼のもとに、幼い時に彼を捨てたはずの母と名乗る女が現れる。まあここからの展開、筋は相当に強引で、経過や過程をばっさり端折ってるために冷静に考えるとあり得そうもないことも多いのだが、それを持っていってしまう静かな情念に満ちている。
 傑作『息もできない』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20100518/1274180333)の主人公をさらにソリッドにしたような暴力性と、『母なる証明』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20091111/1257945354)のごとき母性が交錯することで、お互いの思惑を超えた化学反応が起き、いつしか男の内面にも変化が現れる。本当に筋だけだと、愛を知り家族の暖かさを知った男が悔悛する、という、聞いた風な、ともすれば嘘くさく聞こえる話なんだけれど、序盤から借金を取られる側の夫婦関係、家族関係の生々しさを描いていたのがじわじわと効いてきて、時に「悪魔」とさえ罵られた男の内面を少しずつ照らし出す。だが、それこそが……。


 説明的な台詞も多いし、筋だけ見れば陳腐さもあるのだが、ハードコアな設定と語るテーマの重さで帳消しにし、さらにバイオレント描写で空いた心の風穴に、溢れる内省を毒のように垂らしてくる。苦悩に似た思索の末に一気に書き上げた脚本を、そのまま直截的に映像化したような感覚で、これぞ作家性というものであるな、と感嘆。
 映画は狂気と悔恨、怒りと希望を孕み、凄惨かつ美しいラストシーンへと驀進する……。ストーリーが、ではなく、「物語る力」がすごいという印象ですね。


 「障害者」という言葉が字幕では多用されていたが、原語では「シバラマ」と同じく、もう少し汚い言葉を使っているのかな? そこらへんも原語のニュアンスで観たかったな、と思わせる、一つの世界を形作った映画。傑作。

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