"ゴキブリは死にましたか?"『容疑者X』(ネタバレあり)


 『容疑者Xの献身』の再映画化!


 高校の数学教師ソッコは、かつて天才と呼ばれた数学者。隣に引っ越してきたファソンに惹かれ、彼女の働く弁当屋に通う毎日。だが、ある日、ファソンの元夫が彼女を追って部屋まで現れたことを知る。ファソンと彼女と共に暮らす姪は、暴力を振るう元夫を殺害してしまった……。自首しようとするファソンを押しとどめ、彼女のためにアリバイ工作するソッコ。大きな動機を持つファソンを犯人と睨む刑事ミンボムだが、どうしてもアリバイを崩す事が出来ない……。


 かのテレビドラマ『ガリレオ』シリーズの映画版であった『容疑者Xの献身』だが、今作はその韓国映画版。原作は借りて読んで、日本版の映画はちらちらのぞいたぐらい。さて、日本版は主人公の数学者を堤真一がやっていたが、今回はリュ・スンボムという人が渾身のブサメン演技。メガネなんかかけて髭はやしておどおどしてたら、これはひどい、なんというコミュ障……という……。まあ役者本人はブサメンと言うよりよくある顔なんだろうが、演出と演技力によるブサメン演出ですね。


 さて、それに対して探偵役のガリレオ先生は……いませんでしたあああ! はっはっは、福山雅治のドヤ顔を見なくてすむと言うのは、素晴らしい改変であるな。ついでに柴咲コウもいませんから、当然。
 さて、代わりに捜査にあたる刑事役が数学者の同級生になり、高校時代に知った彼の為人をもとに事件の謎に迫って行く……んだけど、やはりある種の天才性を持つ者同士、学者同士の共感がなくなってしまっているから、ちょっと話の展開としては苦しくなっている。顔合わせたのも偶然だし、都合悪いところはロジックじゃなくて勘が働いたことにしてるしな。鋭すぎるだろ!


 ただ事件に関係ないはずの探偵がわざわざ首を突っ込んできてるような、シリーズ物特有の苦しさは逆になくなっているし、単品の映画としては整理されている。例えるなら、『ドラゴン・タトゥーの女』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120212/1329018162 )の本国版と米国版の違いですね。主人公の心情により寄り添う感じでまとめている。


<ここからネタバレ>






 ラストもそちらよりで改変し、ヒロインの弁当屋の女が自首したとははっきり描いていない。原作だと愛は勝ち取ったけど計画はそのことによって崩壊したことが明確に描かれてるわけで、ここを単に曖昧にして、結果として美味しいところ取りしちゃったようにしたのは、ドラマの劇的さを削いだ改悪と言っていいんじゃないかな。
 弁当屋の女役の女優も、いかにも弁当売ってそうなたくましさがあり、非モテがうっかりはまってしまう儚さ、か弱さみたいなものに欠けた。ここは松雪泰子の方が良かったね。
 まあしかし、どのみち胸くその悪い話で、元夫に対するゴキブリの隠喩と同じく、身代わりの死体を用意するために殺されたホームレスの命も単に記号なんだよね。良くも悪くも殺人の意味が軽いミステリの代表と言うか。他者を犠牲にする事が自己犠牲と相殺されるはずがないし、「貴女のために殺人まで犯した!」というのを、なんで美談のように語るのかね。この数学者も刑事も弁当屋の女も、一回殺されればいいのになあ。数学の美と、お日様が射し込んで人妻がキラキラ、みたいな風景とを同列に語るのも俗っぽくて気持ち悪い。
 原作では、娘が秘密に耐え切れずに自殺未遂を計る。狂気の天才の計画をもってしても、所詮凡人はその罪から逃れることはできない、ということが同時に言及されていて、それが最後の自首につながっているんだが、そこを曖昧にしちゃっては、本当にただ狂人を美化しただけの話になってしまうのだが。ウエットさと非情さ、どちらにも極端に振れるのが韓国映画で、だからこそ傑作も多いのだが、今作は乾いた非情さに振れるのを期待していたら、妙に甘いところに行ってしまったのが残念であった。

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