"血と錆にまみれて知るもの"『君と歩く世界』


 マリオン・コティヤール主演作!


 シャチの調教師ステファニーは、ステージ崩壊の事故により両脚を失う。人生に希望をも失った彼女だが、ナイトクラブで用心棒をしていたアリという男に誘い出される内に、少しずつ生きる喜びを取り戻して行く。だが、そのアリもまた、自らの生きる意味など考えず、空虚に時を過ごしている男だった……。


 某映画の「ガクッ」という死に様をネタにされてるマリオン・コティヤールですが、ひさびさに演技力を発揮する場が訪れました。オルカショーで起きた事故で両脚を失い、自暴自棄な生活を送っているものの、主人公との出会いで自分を取り戻す……という、なかなか聞いただけで難しげな役どころ。でも今回の演技は素晴らしかったですね。セリフ少なめ、ムーディーな演出もありますが(ガラス越しのシャチとのシーンは白眉)、その中でも抑制した演技で、主人公に対する感情の変化を表現します。


 主役を演じるのはマティアス・スーナーツ。ボクシング6年、ムエタイ2年のキャリアを活かし、バーの用心棒やショッピングモールの警備員をしている子持ちの男という役。これがなかなかいい加減な男で、息子に対する愛情やら責任感がないわけではないのだが、学校のお迎えがあるのについ遊んでしまったりトレーニングしてしまったり、姉に預けて忘れてしまったり、癇癪を起こしたり……。要は未熟な男なんですね。もういい歳なのに、自分の欲望や衝動が先に立っている。
 冒頭の喧嘩や、オルカショーの事故など結構ショッキングに撮ってあるのだが、息子を突き飛ばしたシーンで後頭部をガツンとぶつけるシーンがあり、思わずギョッとしてしまったところ。これはだめだわ〜。ろくでもない……。
 が、何か衒いがなくて面倒見のいいところがあって、そこも衝動的で、良く言えば計算のない性格。それに助けられたマリオン・コティヤールは彼のことが好きになってしまう……のだけれど、この男は女関係もだらしがないのでしたあああああ! その時限りのお楽しみはするけど、いい加減すぎて継続的な関係が築けない。
 仕事も同じでなかなか続かず、ついにストリートファイトにチャレンジすることに! これがまた石だらけの駐車場で素手で殴りあうような危険そうなもの。さらに、スーパーの従業員の盗撮という犯罪にも手を染めてしまう。
 話のところどころに、人生を狂わせるような仕掛けがいくつも埋め込まれている。一つ足を踏み外したことで、取り返しのつかない結果を生むことが容易に想像できる。だが、根がいい加減な男はなかなかそこに思い至らない。目の前に、両脚を失った女がいるというのにだ……。


 ボンクラ野郎らしく、格闘技には打ち込んで、しっかりジムに通って今までは習ってなかった寝技まで特訓してしまう。そんな技覚えても、石だらけの駐車場で寝技なんかやったら頭打って死にますよ、立ち技に徹した方がいいですよ、と思ったのだが、実は最終目標としてプロ志向もあったのだね。
 このジムの寝技シーン、三角締めの練習してたりして、何気に作り手の格闘技愛を感じたところ。駐車場での戦いでも、上を取られてパウンドを浴び、下から三角を仕掛けてバスターを喰らうところは「死ぬよ!」と思ってしまったよ。しかしそこからアームロックを狙い、それをフェイントにして上を取り返し、パウンドで逆転勝利! 残念ながら、表情を撮るためにであろう、カメラが近寄りすぎて何をやってるのかがわかりにくかったが……。
 ちゃんとボクシングとムエタイを区別しているあたりもポイント。マリコテさんが主人公が格闘技やるというのを聞いて「ボクシング? タイ式の方?」と聞いてくれるところで、格闘技オタクとして「女子に自分の趣味に対して興味を持ってもらった非モテオタク」の気持ちをひさびさに思い出しましたよ。ほら、『桐島』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120905/1346763191)での前田とかすみのあれだよ! 残念ながら、主人公はボンクラだけど非モテじゃないから何とも思わなかったけどね!
 警備員の人が仕事中に格闘技動画見過ぎだったりと、フランスの格闘技人気もうかがわせるね。貧困層のその境遇からの脱出の一つのモデルにもなっている。もうちょっと描き込めば、MMA映画になってただろうなあ。ちょっと惜しい。


 南仏の陽光降り注ぐロケーションの中、ストーリーは重いわりにゆったりと流れて行く。ドラマは淡々と積み重なり、登場人物の心境もそこに埋れ、はっきりとした変化はなかなか描かれない。ただ、それこそが日常というもので、事態は知らぬ間に進行し突然変化し、変わらないままでいる人間は取り残されて行く。
 ヒロインが脚を失ったことで大きな変化を迎えたのと同じく、主人公にも否応なくその時が訪れる。舞台が突然北の方に移り、先程までと対照的に雪が降りしきる中、ある事故によってかけがえないものを失いかけた彼だが、代わりに拳を痛める結果となる。失う痛みを初めて知った男は、ようやく自らと世界とのつながりを感じ、人生において何かを背負う意味を知る……大人になり、大切なものの価値を理解し、愛を知る。
 筋を明確に見せず、並行して描けばわかりやすくなりそうなエピソードにも距離があるため、最初はなかなか輪郭がつかめない(公式サイトにもあらすじ書いてないぐらいだからな)。でも、その近くて遠い距離感こそが、ボンクラ野郎の目をなかなか覚まさせてくれない、都合の良くないこの世界なのであろう。変にかっちりまとまってないところが逆に面白い映画でした。

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