"それでも僕はやってない"『偽りなき者』


 マッツ・ミケルセン主演作!


 離婚、そして失職していたルーカスは、幼稚園の教師になっていた。園児たちに慕われ、街でも多くの友人を持つ彼。だが、親友であるテオの娘の作り話によって、ある日、性犯罪者の烙印を押されてしまう。身に覚えのないことで職を失い、孤立していくルーカスだったが……。


 この人初めて観るな〜、と、とぼけた事を考えていたが、『三銃士』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20111110/1320901456)のロシュフォールさんではないか。バカな映画であったが、この人は結構凄味があったね。よく見ると、他にも何作か観ておる。まあでも、単独主演作を観るのは今回が初めてですよ。


 ド田舎の幼稚園の先生……なんだが、明らかに冒頭から浮いておる! イケメンである事を抜きにしても、狩猟やってる友達に囲まれて、池に飛び込んでふざけたりしてるんだが、一人だけ脱いでなかったり、嫁に逃げられたけど彼女作ってたり、はっきりは言われないけど「あいつはちょっと俺たちと違うよな」という雰囲気がヒシヒシと……。幼稚園で働いてる彼女も、そんな他の男にはない、インテリっぽくて優しそうなところに惹かれてるわけですね。しかし、友達の娘ちゃんの幼稚園児までもが、そんなところに惹かれちゃったからさあ大変!というお話。
 飼ってる犬も可愛いし、先生大好き!という、いかにも感情のコントロールが出来ていない幼児らしい好きになり方、疑似恋愛なんだが、大人として品位を持って拒絶したマッツ先生は恨まれてしまう! ちょうど幼児宅の兄貴が思春期の悪ガキで、ipadのエロ画像で幼児に大人のチンコを見せていたことが切っ掛けとなり、幼児は園長先生に「マッツ先生にチンコ見せられたの」と口走る!
 ド田舎の幼稚園の園長先生、ここでほぼ完全に思考が停止し、半ばパニック状態になってるのだよね。さらに外部からきたカウンセラーが、事態の大きさを薄々悟り始めた幼児たんにいい加減な誘導尋問を行って、事ありと決めつけてしまう! ちょっとこの辺り、お話のための強引な展開にも見えてあまり上手さは感じなかったんだけれど、こういうホラーかコントかというスレスレの事態がもし現実になったら、という意味では本当に怖い。


 あっという間に村八分が始まり、職場からも追い出されて鬱々と過ごすマッツ先生。心配した息子が駆けつけて来るも、彼まで偏見の目で見られるという最悪の展開。
 映画では完全にマッツ先生側の視点で、彼の行動全てをなぞっているために、観客としては誤解する余地はないんだが、実際に身近でこういうことがあれば、もちろん全ての事実をその目に捉えられるわけではないし、どちらの言い分を信じるか、ということになってしまうだろう。もちろん冤罪である可能性はあるわけだが、話を引っくり返せばこの世におぞましい性犯罪が溢れているのも事実で、我が子が犠牲になるかもしれないという切迫した状況で、のんきに構えていられるのか、という事もまたある。そうなっては取り返しがつかない……。
 そこで、司法の手に委ねる、というのは一つの決着の付け方なのであろうが(日本のように誤認、見切り逮捕や違法な取り調べが横行してるようでは話にもならんけど……)、今作はその後にも食い込んで行く。主人公は逮捕され、一時的に勾留されるものの、元より証拠などあるわけがないし、他の園児の証言も全ていい加減だったことが明らかになり、あっという間に釈放される。一貫して警察の捜査は描かれず、警官自体が逮捕シーンでチラリと登場するのみ。仮に警察の内部や裁判所の判断が描かれたとしたら「なんだこりゃ、ガセに決まってるじゃん。時間の無駄。釈放!」というぐらいのスピード決着。もう捜査以前の疑惑でしかないのだ。
 ……だがしかし、村八分はまったく終わらない! それどころか、より暴力的にエスカレートしていく。一度変わってしまった目、根付いた偏見は決して消えないのだろうか?


 友人に「寛容すぎる」と評される主人公だが、その実、自分に降りかかった不当な事態に対する怒りもふつふつと燃えていて、決して逃げないのだよね。ど田舎に留まり、あくまで名誉を守ろうとする。対抗する手段のない、いかにも分の悪い戦いに挑むその姿勢、まさしくマッツ・ミケルセンの本領発揮とでも言うべき演技ですな。幼女たんも彼女なりに後悔し嘘を認めているのに、周囲の親たちなどがなかなか耳を貸さない。それを糾弾することは簡単だが、何の解決にもならないし、こじれる原因になるばかり。ようやくじわじわとそこをひっくり返す一因となるのが、それまでの「日頃の行い」や「人間関係」であることも、示唆的かつ絶望的な気持ちになる。他人が自分を信じることを、果たしてどれだけ信じられるだろう? ラストシーンも印象的。それでも偏見は残る……。


 主人公やその家族、同僚や村の人間、我々はそのあらゆる立場になる可能性がある。そういうことを考えさせられる映画でありました。

ヴァルハラ・ライジング [DVD]

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