"本当にすべて終わったの?"『マーサ、あるいはマーシー・メイ』


 エリザベス・オルセン主演作!


 山の上の農場で二年を過ごしたある日、「マーシー・メイ」はそこから脱走した。カルト集団から逃れ、再び「マーサ」に戻った彼女は、姉の家に逃げ込み、やっと日常を取り戻したかに見えた。だが、安全なはずの場所に逃れても、植え付けられた価値観と記憶が、彼女の生活を乱す……。


 サンダンス映画祭から出てきて、カンヌの「ある視点」部門受賞……って、それだけで「コワーイ!」となっちゃうわけだが(偏見)、その先入観にたがわぬ映画でありましたね。


 物語は、カルト集団の住処からいきなり脱走して姉夫婦の家に逃げ込むシーンから始まる。あれっ、冒頭からいきなりホッとする展開? もう安心じゃないの? しかし、本当の恐怖はここから始まるのだ。逃げ出して後、現在の生活と、過去二年間の集団生活が並行して語られる。無口で、過去を語らない主人公だが、その体験が彼女に深く影響を及ぼしていることが次第に見えて来る。
 姉夫婦の前で全裸で泳いだり、二人がセックスをしている寝室に入ったり、社会常識が失われてしまっていることがその一つだが、それをそもそもおかしいと思う、疑問を感じる力が、まず破壊されていることがわかる。簡単に言うと「マインドコントロール」ということになるのだろう。傍から見てもわからないし、当事者にも自分の中で何が起きているかわかっていないし、説明も出来ない。正気に戻ったように見えても、ふとしたことから、植え付けられた価値観が顔を出す。


 カルト集団の「実力」は、画面内で見える通りだ。リーダー的立場の男は、とてつもなく危険な人物にも見えるが、単なる俗物のようにも見える。演じているのはジョン・ホークスだから50代なのだが、奇妙に若くも見える。主人公の脱走を止められなかったし、他の仲間も街で見つけた彼女を連れ戻すことはしなかった。コミュニティ内では強い支配力を発揮しているが、何が力の源泉かというとよくわからなくもある。メンバーの女性をことごとくレイプし、盗みの指揮も取り、ルールによって支配しているが、そこが限界のようにも見える。メンバーは時折新しい人間が増える程度で、急速な拡大は見られない。


 主人公は姉から、今いる家が、カルト集団の住処から車で3時間ほどの距離だと聞かされる。携帯も持っていないようなメンバーが、そんなところまで追いかけて来れるだろうか? わからない。州をまたぐわけでもなし、あまりに微妙な距離だ。来ないとは言い切れない。
 一度怯えだすと、何もかもが恐ろしく見えて来る。近所を歩く人間が、自分を捜すメンバーのようにも思える。過去の映像で、カメラはメンバーの顔を順に映すが、印象深い大写しにはならないし、個性もはっきりと印象づけない。ひっそりと近づいてきてもわからないし、新たなメンバーが加わっているかも知れない。
 そもそも今の家を見つけ出すような力があるのかないのか、どうにも判断はつかない。だが、現れないという保証は何一つないのだ。


 そんな真綿で首を絞めるような恐怖感が、全編に横溢している。あるいはオウムなどのカルト集団から脱会した人間は、その家族は、こんな恐怖を感じたのであろうか。自分が自分でなくなり、今取り戻しつつあるものも再び奪われるのではないか、そんな怯えをこれから一生感じ続けねばならないのではないか……。ぶつ切りで終わるラストシーンも秀逸。派手さは欠片もないが、非常に怖い映画でありました。

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