"おまえを消去する"『ゼロ・ダーク・サーティ』(ネタバレ)
キャスリン・ビグロー監督作!
アルカイダの指導者にして、9.11同時多発テロの首謀者であるビンラディンを探し求め、パキスタンで暗躍するCIA。捕らえた構成員を拷問にかけるも、芳しい結果は得られない。エージェントのマヤは、正体不明の連絡員こそがビンラディンに繋がる鍵と睨み、上層部の反対を押し切って彼を追うのだが……。
『ハート・ロッカー』も男臭くて面白かったんですが、今回もまたパキスタンを舞台にハードな戦争・テロリズムものですよ。
ビンラディンを抹殺すべく、アルカイダ構成員を追うCIAの日常を追う。パキスタンへ赴任したマヤは、初日から先輩の繰り広げる拷問に参加。特に楽しそうでも嫌そうでもなく、淡々と拷問を行うパイセンに少々引きつつも、すぐに自分も職務モードになる。
なかなか主人公のバックボーンが描かれなくて、オープニングの真っ暗な画面で9.11の音声記録が流されるところも、彼女の行動には直接には絡んでこない。主人公のことはあえてぼかして(本人にも直接取材出来なくて作ってるらしいし)、アメリカ人の共通体験として見せているのであろうな。
主人公の過去の見えなさは最後まで貫かれていて、高卒でリクルートされて入ったこと以外は、何もかもが不明。家族や友達、プライベートにはまるで触れられず、仕事仕事仕事、追跡追跡追跡、拷問拷問拷問……。途中、ジェニファー・イーリー演ずる先輩と外食しにいくシーンがあって、そこでやっと緊張感が途切れてふーっと息が抜けるような作りになっているのだね。で、拷問やってるパイセンとはもう寝たの?とかガールズトークして、いやないない……と苦笑いして、ちょっとほっとした……と思ったらドカーン! その後はもう「外食は危険だから」とか言って全てのプライベートはシャットアウト!
そしてその肉体関係を疑われたパイセンも、結構平気そうに拷問やってたけど、実はじわじわとメンタルにダメージを受けてたことが明らかに……。基地で猿と戯れるシーンの表情がなんかほのぼのするなあ、と思ったら、その猿がみんな殺されてしまって、ポッキリと心が折れた……。「もうアメリカに帰ってデスクワークするわ」とキャリアをほっぽり出すようなことを言い出す。そのシーンで、なぜか少しほっとしてしまう。ああ、この先輩も人間だったのか、と。CIAの腕利きも、傷つき弱っていくただの男だったのか。
ジェシカ・チャスティン演ずるマヤは、そうして一つずつ何かを失くしていく。先輩が去って、チームの中での重要度は上がり、それと引き換えにどんどん孤独になっていく。ただ、このこと……ビンラディンを殺す、ただそれだけのために生きているかのようになっていく。その姿は、ビンラディンや組織に忠誠を誓い、いかなる拷問を受けても彼の居場所だけはしゃべらないアルカイダの構成員に近づいていくかのようだ。そう、先輩を超え、彼がついになれなかった存在、全てを終わらせるためのマシーンへ……。
CIA長官が後に言うように、マヤは本当に他のキャリアが何もないんだよね。最初からこの仕事をして、ビンラディンを殺すためだけの存在になり……まるで、最初からそのために作られたかのようでさえある。
これの監督はキャスリン・ビグローですが、なんとなくその元夫であるジェームズ・キャメロンの『ターミネーター2』におけるサラ・コナーを思い出してしまったですよ。ターミネーターに襲われ、ターミネーターと共に戦うことで、自らもターミネーター的な強さを獲得していったサラ・コナーだが、演ずるリンダ・ハミルトンが、ビグロー監督と同じくジェームズ・キャメロンの一時期の妻であり、彼好みの「強い女」であったことが、だぶって見える要因だろうか。
ただ、今作における主人公はサラ・コナーにあった情緒的要素をも削ぎ落として、本当のターミネーターになっていく(女性型だからって、決して『ターミネーター3』は想像しないで下さい)。標的は常にただ一人!
男社会で活躍してきたキャスリン・ビグローならではのソリッドさと距離感が印象的で、周囲に馴染みながらも孤独で、なのに決して折れない。そう、映画界の頂点に立ち、アカデミー賞を取るために……!
とんでもない重厚さで、同じCIAものでこれをやられちゃあ、もう『デンジャラス・ラン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20120909/1347193667 )あたりのなんちゃってスパイものは、ライフがゼロになってしまうよ!
159分、緊張感を切らさず引っ張り続けるが、クライマックスのいよいよ暗殺の本番というところで、それは頂点に。しかしこれ見よがしに出してきた超カッコいい「ステルス・ブラックホーク」がうっかり墜落してしまい、ズコーッ! 作戦開始直後のスピーディさが微妙に失速して行き、もたもたと扉を破り、安全確認しつつゆっくりゆっくり進み……。アクション映画とは対極ですな。
標的を一人ずつ確実に仕留め、女性も一人、まとめて射殺。子供が泣き叫ぶ中、いよいよ最後の一人、標的のビンラディンへ。
「ビンラディン」の顔は一切映さず、同居している者らからの確認はなされない。死体袋に回収されたその顔を、マヤが覗き込んで頷く。専門家が確認した……。
殺されたのはハッサンではなく、本当にビンラディンだったのだろうか? だが、それは最早、問題ではなかろう。ビンラディンであろうがなかろうが、この我々の暮らす世界には、後にそれが公式発表として流された。対テロ戦争の末、首謀者ビンラディンは正義の名のもとアメリカに倒された、という物語として完結している。わざわざ陰謀説など唱えなくても、そのビンラディンという名の物語に対して、映画と言う虚構でもってその虚構性を指摘していることは明らかだ。
「どこへ行くんだ?」
マヤは答えない。すでに彼女の作られた目的は達成された。だが、標的を消去したターミネーターは、果たしてどこへ行くのだろう? そしてその瞬間、本当に未来は変わるのだろうか?
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