"勇気を与えてくれる者"『ホビット 思いがけない冒険』


 『ロード・オブ・ザ・リング』前日譚!


 「一つの指輪」を巡る中つ国で起きた壮絶な戦いより遥か昔。指輪の所有者であったホビットのビルボは、ある物語を語り始める。かつてドワーフの国を襲い滅ぼした竜。その竜スマウグを倒すために旅立った十二人のドワーフ、一人の魔法使い、そして一人のホビットの物語を……。それは全ての始まりとも言える、壮大な物語であった。


 長大な『指輪物語』三部作は、10時間越えも納得の超大作になったが、今回も映画は三部作。いやいや、前作『ホビットの冒険』は児童書一冊なんですけど……。そんなに長くする必要があるのだろうか?というのがちょっと疑問であった。とは言え、2時間弱に端折ってまとめたファンタジーが、何かダイジェストみたくなって深みに欠けるというのもよくある話。それならとことんこだわってやった方がいいだろう。


 実際のところ、全世界の観客がどれだけ原作を読んでるのか、というとそれも怪しいところで、果たして映画の冒頭は前作主人公フロドも交えて幕を開ける。ちょうど『指輪』と今作の間の時期から始まり、そこから60年遡る形をとっていると言うことを、懇切丁寧に説明。
 今回のビルボ役はマーティン・フリーマン(『銀河ヒッチハイクガイド』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110510/1304999780)の影薄い主役の人ではないか。全然覚えてなかった……。最近ではワトスン役が認知されてるのかな)。ビルボも昔は痩せてたんですね、というルックス。今作では他のホビットがほぼ出てこないので、比較対象がドワーフになるわけだが、田舎の文人ぽいインテリジェンスとのんきさがにじみ出ている。当分食うに困らないっぽい食料を溜め込んでいて、家の前でパイプをくゆらす平和な生活。しかしそこに魔法使いとドワーフがやってきて……。


 本人が一番疑問に思ってるわけだが、なんで彼が旅に駆り出されるのか、が大きな要素になっている。平和な生活が闖入者によってめちゃくちゃにされ、食料も食べ尽くされてしまい……。ドラゴンに臭いを覚えられている無骨なドワーフではなく、「忍びの者」たるホビットが必要、と言われるが、それがなぜビルボなのかは、なかなか明確には語られない。
 予告でもあった中盤のガンダルフガラドリエルとの会話で、ようやくそこが明かされるのだが、これは今作における描写のみならず、『指輪』三部作からつながっているよね。後にフロドが指輪を背負って旅立ち、サムがそれを支え、ゴラムによってついに指輪とサウロンが滅んだ展開、その全てにビルボの旅とそこでの行動がつながる。それは今作でサルマンの語る優れたものが世界をリードすべきというエリート主義の否定であり、ごくごく平凡な者の善意こそが世界を動かす力を持っているから、それを信じようということ。それは、今現在の日本の社会や政治状況の中で、格差が拡大する中でないがしろにされているものや、一人一人が世の中の在り方を考えずに政治家に丸投げしてしまう姿勢にも通じるし、おそらくそれは他国でも無関係ではないのだろう。そして、そうしてちっぽけな個人が勇気を振り絞る様こそが、それを見る人にも勇気を与えてくれることが示される。マーティン・フリーマンのうらぶれた頼りなげなルックスと、その中での自信なさげな表情、その中に垣間見える優しさが素晴らしいよ。
 偉大でもなんでもない、ただのホビットであるビルボがなぜ主人公なのか、なぜ彼が冒険に必要なのか、このことがより掘り下げられるであろう次回以降が楽しみである。今作ではさわりだけ登場の竜、スマウグですが、冒頭の見せ切らないスタイルがよし。こちらも次回の活躍に期待だ!


 今回はハイ・フレーム・レート3Dで観たのだが、あまりに明るい画面でぬらぬらと動くのでびっくりしてしまったね。しかし観ている間はすぐに慣れたと思っていたが、終わって外に出たら目がチカチカして、後で飲んでたら頭が痛くなってきて、地味に疲労していた模様。なるほど、画面は映画っぽくないルックになっていて少々軽い感じはあったが、隅々まで見渡せるパノラマ感覚、左右移動のスムーズさには驚かされた。
 その映像感覚の中で、冒頭のバギンズ家や王宮、中つ国の広大な世界観と美術を堪能できるからたまらんですよ。さらにうさぎの橇など、動的なガジェットもいいですね。トロールやゴブリン、オークなども今まで以上に活躍して、お腹いっぱいである。さらにサルマンや我らがアングマールの魔王様など、『指輪』でも活躍した名悪役も登場。エルロンド様も出てきたが、レゴラスなんかはまた次回かな……。


 ランタイム長いのでどこがクライマックスかわからんまま進んでしまったが、最後は王道のツンデレで締め! 来るのはわかってたけど泣いた! そして「あれだ! あの山だ!」で次回へと続くあたりは『旅の仲間』と全く同じ展開だあああああ! くそっ、来年までまた待つのか!

ホビットの冒険〈上〉 (岩波少年文庫)

ホビットの冒険〈上〉 (岩波少年文庫)

ホビットの冒険〈下〉 (岩波少年文庫)

ホビットの冒険〈下〉 (岩波少年文庫)