"泣き笑いのファイナルステージ"『気狂いピエロの決闘』


 三大映画祭週間にて鑑賞。


 スペイン内戦時代、共和国軍に加わらされ、鉈でもって国民軍の一部隊を撃破した伝説のピエロがいた……。その息子であるハビエルは自らも道化師を志し、泣き虫ピエロとしてサーカス団に加わる。そこでサーカスの花形である怒りのピエロことセルジオと組む事になったハビエル。だが、セルジオが恋人のナタリアに暴力を振るう姿を目撃した彼は、自分がナタリアを救わねばと思い詰めるようになる。ナタリアもそんなハビエルに惹かれるのだが……。


 内戦後のスペインを舞台に、実際の歴史に絡めて、二人の道化師が狂気に陥る様を描く。主人公である「泣き虫ピエロ」誕生秘話として、内戦で道化師の紛争のまま戦わされた彼の父の物語が語られる。銃取り上げて鉈持たされて大暴れするあたりから、かなりバカな映画な予感がしてきて、そこで捕まった父を助け出そうと息子のハビエルが爆弾を炸裂させるところで、バカを通り越して狂気の匂いがしてくる。


 子供の頃はメガネでかわいいんだけど、長じてからはなぜかすごいデブになっていて完全なるキモメンに! おまけに泣き顏の白塗りメイクするものだから、志村けんのバカ殿がしょんぼりしたようなフェイスに! 人気ピエロとコンビを組み、実際にはこの二人のショーシーンは登場しないが、ピアノで殴られたりと散々な目に! 「あそこ最高だったぜ!」と仲間が声をかけるあたり、どんな面白いステージだったのか、と逆に想像を掻き立てる。


 人気ピエロ・セルジオは子供に対してはサービス精神溢れたプロフェッショナルなのだが、その裏で人間性は最悪! 人気を嵩に着て、サーカス内でも支配力を振るっている。食卓でのジョークが全く面白くないのに女性陣と主人公をのぞく面子全員が笑うあたりが秀逸。そこから自分の付き合っているヒロインのダンサー・ナタリアを殴り飛ばすことで、事態は加速度的に進行する。ナタリアの「可哀想な境遇」に同情し、自分が救ってやらねばと思い詰めるハビエル。ナタリアはその優しさに惹かれつつもセルジオから離れられない。
 このサーカス団のスターでセックスの相性も良いセルジオとのズブズブな関係も維持したいが、ハビエルとのホッとする時間も欲しいと思うナタリアの心情がまた強烈。セルジオをそこまで愛しているかというともちろん怪しいのだが、関係を解消するリスクとデメリットを考えると踏み込めない。でもセルジオに媚びず自分に優しいハビエルをカッコいいと思ってしまう反骨精神も育っていて、どっちつかずになってしまう。
 セルジオの支配欲と強権的な振る舞いはベタにダメな男性像の極みだが、保守的な価値観で言うと、サーカスを儲けさせプロとして「男としての責任」を果たしている(と周囲に思われている)。新米のハビエルはそういう面ではどうやってもかなわない。
 ハビエルはそういう支配的なところはなく、見た目はいけてないが紳士的で話も聞いてくれる優しい男であり、そういう意味でナタリアにとって「都合のいい男」でもあったわけだが、オープニングでも示唆されていた妄執的な部分がやがて強く出始める。セルジオは悲劇のヒロイン・ナタリアを虐げる怪物で、自分がそれを正さねばならない……。もてない男の思い込み、超怖い。世の中にはDV野郎とストーカーしかいないのか? 大石圭『アンダー・ユア・ベッド』も思い出すね。
 恋愛映画ならあるとしても終盤かというカタストロフが中盤に爆裂し、二人のピエロは狂気に陥って行くことになる。ここのバイオレンスぶりも面白いのだが、ある種、家族関係のようになっているサーカス団が、二人の挙動に慌てふためきつつもなかなか見捨てられない。団長とか結構面倒見いいよな。
 両者の対立はどんどんエスカレートするのだが、最終的に邦題のような「決闘」にはならなかった。全編に散りばめられたピエロ以外のサーカスの道具立てや、二人の対決そのものが一種のショーの見立てではないかということまで考えると、英語タイトルの『the last circus』の方が相応しいかな。
 要所でちらちら映る動物たちや、踊り子ナタリアの得意技も注目ポイントであるが、一見、伏線になっていそうで実は全然関係なかったバイク野郎のスタントには爆笑。


 相当に無茶苦茶な展開になる映画なんだけれど、序盤からキャラクター付けをみっちりやって対立構造と舞台設定を見せているので、まったく破綻はしていない。むしろまとまり過ぎてて物足りないからバイク野郎のシークエンスを付け加えたようにさえ思えるぐらい。クライマックスのスケール感も含めて、端正な娯楽作品であった。

気狂いピエロ [Blu-ray]

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アンダー・ユア・ベッド (角川ホラー文庫)

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