"全てを捨てた先に"『ブラック・ブレッド』


 スペイン内戦後を描いた作品。


 カタルーニャ地方に住むアンドレア少年は、ある日、隣人であるディオニスと息子のクレットが崖から落ちて息絶えるのを目撃する。クレットは死の間際「ピトルリウア」という言葉を残した。それは、森の洞窟に住むと言われる怪物の名前。事件は殺人と目され、容疑をかけられたアンドレアの父は身を隠す。彼はかつてディオニスと政治活動の同志だった。アンドレアは、周囲の大人の行動に、不審なものを感じるのだが……。


 背景を知らないのでわかりにくいところもあるが、描かれているものはごくごく普遍的なものばかりだよね。内戦の傷により格差が生まれ、政治的信条から「敗者」が「弱者」の側に回らされる。そこから抜け出ることは決してできない。お決まりの差別、村八分、性的な搾取……。それはその国だからどうこうというものではなく、情けないながらありふれたことに過ぎない。黒いパンと白いパンをめぐるやり取りに象徴された格差は、他の国に置き換えると何になるだろう?


 その真っ只中で生きる少年の目線から、物語は始まる。残虐な殺人事件を目撃し、村で弱い立場に立たされている父親に容疑がかけられる。この子供の視点での固定が徹底されていて、ピュアさを多分に残した彼の眼前で、その村のどうしようもない現実が淡々と示される。政治状況や両親のセックスなどは、子供にはわからないことであるのと同時に、干渉さえできないことでもある。
そして、実はその両親たち大人でさえ、その現状を変えることはできない。少年自身も、両親も、従姉妹たち親族も、どうしようもなく翻弄されるばかりだ。


 同年代の従姉妹ちゃんのキャラが立ちまくりで、パンいちでのベランダ仁王立ちを皮切りに、チェリーボーイを猛烈に誘惑! エロ〜い! もうすでにあだ名は「娼婦」、それを裏付けるかのように学校の男の先生にやたらと贔屓されていて……。かわいいんだけど、時々見せる表情になんとも言えん不気味さがあって、「悪」のムードに溢れておる。
 しかしながら、彼女も地雷で手の指を失った内戦の犠牲者であり、それゆえに普通の労働力としても半端者であり、その若さですでに男にすがって肉体を提供して生きていくことしかできないことが決定されてしまっているのだね。未来にはなんの希望もない。だからこそ、時にその叫びにどうしようもない哀切さが溢れるのだ。


 フーダニット、ホワイダニットのミステリの構造になってはいるが、予告編で煽りまくっていたような衝撃性はなく、解決もあっさりとしたものだ。だが、その真相はあまりに理不尽、と言うより不条理でさえある。
 翻弄され、流され、利用され、それでもそうするしかない。その現実を垣間見た少年は「自分の人生を生きたい」と願い、そのチャンスを得る。だが、そのためには全てを犠牲にせねばならない。放っておけば待っていた自分の未来そのものであった踏みつけにされてきた両親や従姉妹を捨てて、踏みつける側に回るということだ。そして、他ならぬ両親がそれを望む。それがどれほど困難か知っているがゆえに。
 そうまでせねば先には進めず、少年は全てを捨てて行く。さあ、その先には何があるのか? それはまた別の話だ……。


 淡々とした展開に、時にはっとするような美しい映像が重なり、時にどぎついシーンが画面上を席巻する。寓話性は薄く、映像もストーリーも幻想を打ち砕くかのように進行する。さりとて子供が主人公らしい「軽さ」もあり、それが幾分かの重さを中和している印象。地味ながら良い映画でありました。

パンズ・ラビリンス DVD-BOX

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スペイン内戦――1936-1939 (上)

スペイン内戦――1936-1939 (上)

スペイン内戦――1936-1939 (下)

スペイン内戦――1936-1939 (下)