"まずくてもうまい"『おとなのけんか』
ロマン・ポランスキー監督の新作。
公園で喧嘩した11歳の少年2人。一方が一方の歯を折ってしまい、示談のために双方の両親が集まる。だが、話し合いの末に円満な解決がもたれるかと思った寸前、事態は思わぬ方向へとこじれていく……。
高校生ぐらいのころに、ベン・キングズレーがシガニー・ウィーバーにけしからんソーセージを食べさせる(そんなシーンはありません。台詞はあるけど)映画『死と処女』を観たが、あれ以来のポランスキーの会話劇、なのかな。
ランタイム分の通し稽古を何度も繰り返してから撮影された、と聞くが、もちろんカットこそ割っているのだけれど、つなぎがすごく自然。格闘技が好きで、ライブ中継をよく観るのだが、ケージの端の方に行った選手たちを追ってカメラが切り替わった瞬間を思い出した。文字通りライブで起きている映像を観ているようなスムーズさ。ブツ切りが一切なくあまりに自然なので、逆に画面がぬらぬらと生き物のようにのたうっているような錯覚さえ覚えた。この感覚だけで、すでに一見の価値あり。
普通の映画の会話は、ストーリーのために整理されて順序立てられているのだが。実際の会話ってしょっちゅうループするよね。話題なくなったら元に戻ったり、話を蒸し返したり(と言うようなことを、こないだ母親と従兄弟としゃべっていて考えたのである。話を聞けよ!)。「おとな」なんで、人生観とか日頃の生活とかで溜め込んでるものが色々とあるわけですよ。それを発散する機会とかなかなかないし、仮に発散したところで意見を同じくする人がそういるとも限らない。夫婦間でそれが合わないなんてことは、ざらなわけで……。それが「こども」「金」「暴力」という、多くの意味で自分や他者の存在を脅かしかねない話題になった時、その恐怖や緊張に耐えかねて噴出する。穏便に穏便にさっさと終わらせたい、でも自分の意見は通したい、せめぎ合いの中で味方のはずのパートナーは実は全然意見を同じくしていない事に気づく、いや知ってたけどさ!
バイオレンス映画やアクション映画なら即、銃撃戦や殴り合いに移行しそうなフラグが立ちまくるのだが、そこは「おとな」なので矛を収め、表面上取り繕って会話を続けようとする。いらっ……ぴくっ……むかっ……そんな擬音を入れたくなるシーンが目白押しだ。それを一旦はぐっと飲み込む瞬間までもカメラは切り取る。
ハンニバル・レクター相手にもこれぐらい怒鳴り散らしてやれば良かったんじゃないか、と思うぐらい元FBI捜査官の血管の浮き出具合がすごい! 最も感情が昂るキャラクターを、ジョディ・フォスターが演じる。その夫はケビン・コスナー投手とバッテリーを組んでたジョン・C・ライリー。フィルモグラフィを思い起こすと最初の頃は野蛮げな男が多く、キャリアを重ねるに連れて知的な役柄も増えて来た、と思うのだが、妻に合わせてリベラルぶっているけど根は……という男の役がそれに完璧にはまっているね。
元アウシュビッツの看守だったケイト・ウィンスレットは実は動物好きというキャラクター、壮絶なゲロシーンは今作のハイライトだな〜。そしてその夫のナチスの大佐ことクリストフ・ヴァルツの、常に携帯を気にしてるところが最高! 家庭人として人の家に来ている時の顔と、職業弁護士として非道なビジネスに取り組む顔の二面性を最も端的に示す。言ってる事と思ってる事は違うのだ、ということを徹底的に印象づける。
変わる状況と変わらない価値観が複雑に交差し、時に味方になり時に敵に回る「おとな」の関係のややこしさ。観ているこちらも時に感情移入し時に反発し、見方も二転三転する。巧みなシナリオと撮影、役者陣のアンサンブルがはまった快作。バカみたいな邦題が多い昨今、今回のタイトルは良いね。最初と最後に提示される「こどものけんか」との対比も鮮やかで、記憶に残る作品となりそう。
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