”そこは本当に地獄?”『デビルズ・ダブル』


 ウダイ・サダム・フセインの影武者だった男の自伝。


 イラク……サダム・フセインの長男ウダイの高校時代の同級生だったラティフは、成人して後、ウダイによって家族を人質に取られ、彼の影武者となることに。そう、二人の容貌は瓜二つだったのだ。わずかな整形手術の後、ウダイと行動を共にすることになったラティフ。だが、ウダイはその金と権力に任せ横暴を働く悪魔のような男だった……。


 自伝……を元にした映画、監督はリー・タマホリ。これはかなり期待……というか、凄惨かつどぎついものが観られるんじゃないかなあ、と、半ばおっかなびっくりしながら行ったのだけれども、まあ監督がこの人ということに、もう少し早く気づいておくべきだった……。


 果たして、かの独裁者サダム・フセインの息子の「悪魔」になぞらえられるような鬼畜の所行を、その影武者となった男の目から描く、ということで、どれだけ凄いものが登場するのかという期待はあっという間に打ち砕かれたのである。
 人生を奪われながらも品行方正に振る舞わんとする影武者君の眼前に展開された、その悪魔の生活とは……うおおおお、水着の女をはべらせてヤクやってるよ〜! 高級車乗り回してパーティやってるよ〜! まあ一応権力をひけらかして側近を殺したり、女子高生さらって来てレイプしたりしているのだが、中東を震撼させた独裁者の息子がやっていたのは、こんなベタベタなことだったのか。ええ〜、ほんとに実話なの、これ?
 とにかく出て来る「金持ち」と「鬼畜」描写が致命的なまでにハリウッド映画のステレオタイプで、ちっとも独創性が見当たらないのである。正味な話、アメリカのどっかの政治家や富豪がまったく同じことをやってたとしても、一向に驚かない。
 で、百歩譲って一傍観者の立場から見た話だったら、まあこれでも良かろう、と思うが、これはその「悪魔」と同一視される影武者の話なんだから、この悪魔と自分が一体化してしまったり、魅せられたりするような視点がないと駄目じゃね? ウダイのキャラクターがあまりに幼稚でつまらない上に、影武者がまともすぎるので全然そういう方向に行かないのだが、もっと誰もが惹かれるような「悪」の魅力、金や権力を欲しいままにできる蜜の味を描いて、「あ〜、オレも独裁者の息子になってあんなことこんなことやりたい放題やってみたいなあ」という普遍的なダークサイドに迫らないと、何の深みもでないではないか。
 『インモータルズ』みたいな映画かと思った金ぴかのチラシみたく、もっと戯画化しても面白かっただろうに。そのイメージが目を引いただけに、このステレオタイプぶりはまことに残念なのである。
 しかし少々穿った見方をして、自伝につきまとう自己隠蔽の力学に則るならば、主人公の堕落したダークサイドは巧みに隠されているのではないかなあ。すなわち影武者は本当はこんな真面目な男じゃなく、ウダイにすすめられるままに、あれやこれや酒池肉林したんだけど、亡命後はそのことを黙っているとかね……。


 影武者がお勤めの真っ最中に湾岸戦争も起こるんだが、ここでの映像が全部ニュースなど報道からの引き写しで、何と言うか「リアルさ」を出すためのもっとも安直な手法で、とてもとても浅いですねえ……。「アメリカ」が「イラク」を描くってことに対して、もう少し自覚的になれなかったものか。上記のウダイの描き方からして、完全に「滅ぶべくして滅ぶだろうバカな悪役」なんですが、自国が滅ぼした国の人間をこう描いてしまう(あるいはこう描くことしか許されない?)その無神経さにはぞっとしてしまう。


 そして、このインタビューで言ってるような視点が一切盛り込めなかったのは痛いなあ。特に後半……物凄く大事なことを言ってて、これこそ映画で描くべきことなんじゃない? 
http://www.cyzo.com/2012/01/post_9531.html
http://www.cyzo.com/2012/01/post_9542.html


 かくも魅力的な題材なのに、何の問題作の要素もない。こんなものしか撮れないとは、なんという題材の浪費だろう。

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