"早くこいこい蒼いバレンタイン"『ラブ・アゲイン』


 観る予定なかったんですけど、ちまたで絶賛なので観に行ってきました。


 ある日、不意に妻に浮気の事実を告げられたキャル。離婚を受け入れて一人、家を出て、バーで飲んだくれながら、にっくき「デヴィッド・リンハーゲン」への呪詛をまき散らすやるせない日々。だが、それを見ていたジェイコブという男にモテ指導を受けることになり、キャルは妻を見返すために変身を計るのだが……。


 群像劇を漠然と想像していたら、一つの家族の話だった。大元の家族観やら純愛感が妙に古くさくて気持ち悪く、乗り切れなかったな〜。色々な関係や愛の形を見せるのではなく、家族の関係性に根ざしたストーリー。
 それはいいが、今時、プレイボーイと純愛の対比かよ、アホくさ……。ライアン・ゴズリングのマンガみたいなモテ指導ぶりは面白かったし、小道具や演出の持って行き方こそうまいが、根っこのぞっとするほど類型的な価値観にビックリ。
 でもって、なにがソウルメイトだ……。こういう単なる言葉は、取っ掛かりとしてはいいかもしれないが、そんな運命論にぶら下がるから日々の大切さをおろそかにして結婚も破綻するんじゃないの?
 その離婚以前の姿もはっきり描かないため、そもそもなにが問題だったのかも曖昧にぼかされてて、真の危機が来ているように見えないのだよね。子供が主人公になついてるのもなぜなのかよくわからないし、なついてるという描写もろくにない。何でそんなに父親の肩を持つのだろう。「いい父親」というのは盲信してるベビーシッターの口から台詞で語られるだけだし、スティーブ・カレルって見た目だけでそんなにいい人そうか?
 ジュリアン・ムーアケビン・ベーコンと不倫した展開を見せないなら、彼女は他者としてもう少し遠い位置にいるものとして描かれるべきだし、それがさっさと不倫に罪の意識を感じてる描写を入れたせいで、いかにも突き放したところのないぬるい話になっている。完全に夫婦二人の世界というか、前提である元鞘に収まるまでの試行錯誤の話で、オマエら勝手にやっとれよ、という……。


 ベビーシッターの子が主人公に憧れてたり、エマ・ストーンのキャラが付き合ってる男にプロポーズされると思い込んでたりするのと、「ソウルメイト」も、勝手な思い込みという点でまったく同質に見えるんだけど、なにが違うの? 違うとすれば、それは主役級か脇役か、とか、道徳的にありかなしか、など、魂と全然関係ないところに行ってしまうんだが……。エマ・ストーンも思い込み激しく見事に妄想系のアホ女にしか見えない。弁護士事務所に誘われて、なにが不満なんだ? これは終盤で明かされるある事実につながるなあ。


 息子の幼児的なキモさと、プレイボーイ・ゴズリングの何も生まなさ、主人公のダメさ、三者が互いに許し合うことでシビアな部分を中和しうやむやにする。ジュリアン・ムーアも事実上二股かけとるも同然。一見、これらはそれぞれ関係ないテーマに見えるが、お互いを補完し合っているのだ。そしてグズグズの予定調和で妄想系人間の全員が家族になり、ソウルメイトの障害となるベーコンやマリサ・トメイは弾き出される。つうか、この二人のキャラクターが邪魔者扱いで惨めすぎて気の毒。何も悪いことしてないのに、殴られたりトラウマえぐられたり、なんなのこれ? 観てないけど『モテキ』の麻生久美子仲里依紗への扱いがむかつくのってこんな感じ?
 家族全員の「ソウルメイト」という言葉に酔ってる感じがすごく気持ち悪く、まさにガキの妄想。だからこそ息子ちゃんのパートは別にこんなもんで良かろうと思う。年上の女の子への純愛、いいんじゃない。だけどいい大人は綺麗ごと抜かす前に不倫と女遊びの責任取って土下座しろ、ボケ!
 付き合い切れないぜファンタジー! こういう人たちは、自分の家族だけで寄せ集まって、妄想を共有し合ってどうぞ楽しく生きて行ってください、と言いたくなる映画。行きつく先の現実は、もちろん『ブルー・バレンタイン』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20110504/1304412562)だがな!

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