"掟と未来の狭間の今"『ウィンターズ・ボーン』


 アカデミー賞ノミネート作品、最後の一本がとうとう公開!


 ミズーリ州の寒村に住む17歳のリーは、幼い弟妹と精神を病んだ母と共に暮らし、一家を支えている。ある日、家を出たはずの父が、自分の保釈金に家と土地を入れていたのだ。その父が裁判に出頭しなければ、住むところが没収されてしまう。リーは、村人たちに父の行方を聞いて回り、ついに触れては行けない闇社会にまで踏み込んで行くのだが……。


 サンダンス受賞作ということで、低予算の小品ではあるのだが、密度の高さを感じさせる映画。『X-MEN ファースト・ジェネレーション』のミスティーク役のジェニファー・ローレンスが主演で、精神を病んだ母と、幼い弟妹を抱える少女役。映画の始まった時点からすでにこの状況で、父親も失踪中。最初から感情を消したような無表情をしているが、むしろ「ムカついてますよ、わたし」と言わんばかりに見える。そんな感じであちこちに父親探しに出かけるのだが、行った先々で突っぱねられたりたらい回しにされたり、全然相手にされない。
 探して回るのは、ほぼ歩いてまわれる範囲だけで、唯一友達の車で州の境まで行ったりするものの、そこより遠くに行くことはない。と言うより、父親がそうしてさらに遠くへ行く可能性などない、と考えている。


 その描写の裏付けとなっている背景に関しては町山氏のPodcasthttp://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20100625 ややネタバレ)を聴いてもらうとわかりやすい。これらのバックグラウンドをきちっと描き込んである印象で、舞台となる寒々とした土地においての特殊な人間関係が徐々に見えて来る。
 一見、お互いに仲悪そうで、つながりが希薄そうに見える人たちなのだが、一方で空気感や共通言語のようなものが強烈に漂っている。日頃からののしりあっているように見えるが、どこか阿吽の呼吸のようなものがあり、見えないルールに従って行動している。普段離れていても、面倒ごとが持ち上がった場合は共闘することもある。皆、口数は多くない。だが、目や雰囲気で語るところは雄弁だ。


「わかるだろう?」「言わなくてもわかるだろう?」「わかれよ」「納得しろよ」「そして忘れろよ」


 裕福な人間はおらず、誰もがつつましい生活をしていて、それを壊されたくない。いや、主人公が陥った状況と同じになることが最大の恐怖で、壊されたら即、生きて行けなくなってしまう。農地にも何にもならない森でしかなくても、それしか生活の糧はないのだ。そして、この過酷な貧困の中で、そういう暗黙の了解なくして、助け合うことなくしてはやっていけない。


 いわゆる閉鎖的な「田舎」が題材な話とはまた違い、単に慣習に縛られているのではなく、必要に迫られたうえでやっていることがわかる。警官を信用せず、法に頼れない中、ギリギリのパワーバランスがそれで保たれている。
 終盤の解決に至る流れは、いわゆる「手打ち」に見える。主人公は独力で解決に辿り着くわけではない。だが、そうする必要が「彼ら」にはある。その人々は、主人公にも徹底して冷たい。冷たいのだが、その反面、彼女やその下の世代をないがしろにしてもいけないことがわかっている。彼女らこそ未来であり、同じ血族の行く末でもあるのだ。


 作品のトーンは全然違うけど、『ザ・ファイター』的な、家族ならぬ血族のしがらみを、土着のリアルな雰囲気と共に描いた映画。寒々とした、厳しい映画であったが、雪の中ではしゃぐ少女の笑顔が、清冽なラストをもたらしてくれた。

あの日、欲望の大地で [DVD]

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